これまでにも潜水艦が、トロール漁船などの漁網を引っかけた事故はたびたび発生している。そして、漁船が沈没してしまった重大事故も発生している。ただし、いかなる国といえども潜水艦の作戦行動は極秘事項中の極秘であるため、表面化していないこの種の事故は少なくないものと考えられる。

 しばしば発生する漁船(漁網)と潜水艦の事故に対処するため、たとえばイギリス海軍では「万が一にも漁網と衝突(接触したり引っかけたりした場合を含む)したような場合には、直ちに潜水艦周辺海面を確認し、場合によっては浮上して漁船の状況を確認せよ」と規定されている。

 しかし、なんといっても隠密行動に従事している潜水艦である以上、規定どおりに事が運ばないことが多い。最近発生した潜水艦が漁網を絡めた事故でも、以下のような状況である。

[2015年3月] スコットランド沖合でトロール漁船が潜水艦に漁網を引っかけられて引きずられてしまった。運良く漁船員たちが漁網のケーブルを切断して沈没は免れたが、潜水艦は立ち去ってしまった。イギリス海軍とアメリカ海軍の調査によると、漁網を引っかけたのはおそらくロシアの潜水艦ではなかろうか、ということである。

[2015年4月] NATOが演習をしている海域に近接する海上で、トロール漁船が潜水艦に網を引っかけられ引きずられ沈没寸前になった。漁船はなんとか沈没を免れたが、潜水艦は停止せず立ち去った。当初はNATOの演習を偵察していたロシア潜水艦の仕業と考えられたが、実際にはイギリス海軍攻撃原潜アートフルが引き起こした事故であったことが判明した。

[2016年7月] NATOの演習中、ポルトガル海軍潜水艦トリデンテ(比較的小型の通常動力潜水艦)が漁船の網を引っかけた。この状況に気がついた潜水艦は直ちに停止し浮上したが、漁船と衝突してしまった。しかし双方ともにダメージはなく、負傷者も生じなかった。

 もし今回の「謎の浮上」が、中国戦略原潜が漁網に接触したことに気がつき潜水艦周辺海上で操業中の漁船に異常がないかどうかを確認するために浮上したのならば、中国海軍が核抑止よりも人道的行為を優先させたことになる。

 そして、基準排水量2020トン全長67.7メートルのトリデントと違って水中排水量1万1000トン全長133メートルという巨体の094型戦略原潜を無事にベトナム漁船群のまっただ中に浮上させた中国潜水艦のシーマンシップには脱帽!? せざるを得ないことにもなる。

真実は分からない

 いずれにせよ、潜水艦それも超極秘扱いの戦略原潜の行動に関して中国当局が真相を発表することを期待することはできない。また、アメリカ海軍などが何らかの情報を握ったとしても、こと中国潜水艦に関する情報である以上、それが明かされることはあり得ない。結局「謎の浮上」は謎のままということになるであろう。