戦略原潜は絶対に姿を見せてはならない

 だが、中国の主権を主張するために原潜を浮上させた、という政治的理由に帰するこれらの憶測は、おそらくは誤りであろう。なぜならば、各種潜水艦の中でもとりわけ戦略原潜は「浮上してはならない」潜水艦であるからだ。

 核弾頭を装着した弾道ミサイルを搭載した戦略原潜の役割は「敵に自国が核攻撃された場合に、その敵に対して海中から核ミサイルを発射して報復攻撃を実施する」というものである。極言すれば、その目的だけのために存在するのである。

 そのため、戦略原潜は絶対に敵側に存在を探知されないように海中を潜航し続けていなければならない。結果として、察知することができない戦略原潜による核報復攻撃の恐れが存在することは大いなる核抑止力となる、と考えられているのだ。

 したがって、自らの位置を絶対に知られてはならないことが何にもまして重要な戦略原潜が、わざわざ政治的メッセージをアメリカやベトナムに突きつけるために、自ら姿を海面に現すことなどあり得ないのである。

政治的行動ではないとすると

・故障説

 予定された政治的行動でないとするならば、何らかの深刻な故障、あるいは故障の疑いが生じて、多くのベトナム漁船が操業している海域であるにもかかわらず緊急浮上せざるを得なかったという憶測が成り立つ。

 中国海軍が強くあってほしくない人々にとっては、このような推測は支持したいところであろう。しかし、浮上した094型戦略原潜に救援船がやってきたような目に見える形での事実が確認されない限り、故障説の真偽を確かめることはできない。

・漁網説

 故障説とともに成り立ちうる憶測は、中国原潜がベトナム漁船の漁網を引っかけてしまったことに気がつき、状況を確認するために緊急浮上した、というものである。