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(文:冬木 糸一)

 この『黄金州の殺人鬼』は、いわゆる連続殺人鬼を追った事件物のノンフィクションなのだけれども、まず様々な他の連続殺人事件と比較して凄いのはこの殺人鬼が犯した罪の量だ。

 1970年代から1980年代にかけて、少なくとも12人を殺害、50人を暴行(レイプ)とその件数だけみてみても異常だが、時には一週間に一人などのハイペースで襲って、犯人の見た目、目撃情報なども出揃ってきているにも関わらず、数十年以上にも渡って足取りを掴ませない用意周到さがあった。どれほど容疑者を絞り込んでDNA鑑定をしても犯人を特定できず、本書の原書刊行は2017年のことなのだが、その時ですらまだ犯人は捕まっていなかったのだ。

「まだ」なので、その後(2018年)に犯人は40年以上の月日をかけて逮捕されるのだが、その逮捕には著者が間接的に関係している。具体的な犯人に繋がる手がかりを得たわけではないけれども、ミシェル・マクナマラが書いた記事で、この殺人鬼に「黄金州の殺人鬼」とキャッチーな名前をつけたことによって、事件への社会的な関心に火がつき、捜査が大きく動き出すようになったからだ。黄金州とは事件の主要な発生現場であるカリフォルニア州の別名である。

 事件とは関係がないが、著者は執筆中に死亡し(睡眠中の心疾患に起因するものだったらしい)、本書は夫が手を尽くして未完の原稿を再構成して出版にこぎつけた、という特異な経緯がある。それに関連して、本書は事件を扱うことだけに注力した本でもなく、時折ミシェル・マクナマラの個人的な「未解決事件」に対する思いが語られるパートも挟まれている。つまり、本書は事件を追うノンフィクションであると同時に、「なんとかして犯人を捕まえてやりたい」というミシェル・マクナマラの執念が描き出され、それが死後に出版され、犯人逮捕までこぎつけるという、この本の出版・成立過程そのものが「凶悪犯を追い詰めた執念の捜査録」なのである。