東日本大震災の発生からまもなく1カ月となる。被災地ではライフラインの復旧が進み、生活再建に向けて動き出している。

 だが、高齢者の多い被災地では、依然として住民が不自由な生活を強いられている。本コラムで度々取り上げてきたが、これは巨大流通業の寡占化が街を壊したことの弊害ではないのか。

都心商店街にはモノがあった

 筆者は比較的都心に住んでいる。近隣に、高齢者の居住比率が高い団地群があるからか、周辺には昔ながらの青果店や精肉店、地場スーパーが細々と営業している。

 大震災発生直後、そして2~3日の間、定期的にそれらの店舗をのぞきに行ったが、主要マスコミが大騒ぎするような事態、つまり飲料水やカップ麺などの品不足は発生していなかった。

 顔馴染みの精肉店で事情を聞いたところ、「独自の流通網を持っているから」と答えてくれた。要するに、店主や従業員がいつも通り、問屋や生産者から商品を仕入れることができた、ということだ。

 一方、日頃、出版社とのゲラのやり取りで頻繁に使う宅配業者の集積場では、こんな話を聞いた。

 「全国チェーンの大手流通会社の多くが、網の目のように入り組んだ複雑な流通システムを持ち、それらが精緻なスケジュールで運行されている。1つでも目が詰まると、順繰りにほころびが広がっていくだろう」(筆者は輸送分野の取材経験がない。この宅配業者の説明も、筆者なりの解釈を含んでいることをご承知おきいただきたい)

クルマがないと生活できない地方都市

 さて、2009年、2010年と、筆者は小説の取材のために東北6県を頻繁に訪れた。ごくごく一部の例外を除き、各地の駅前商店街はシャッター街となっていた。高速道路のインターチェンジ、バイパス沿いの巨大ショッピングセンターに駆逐されたからに他ならない。