また、女性に対する性的暴行事件も多数起きている。分かっているものでは、例えば1991年には複数のインド兵が精神疾患のある年配女性をレイプしたし、1994年7月には兵士2人に7人の女性がレイプされている。北西部ハンドワラ地区では29歳の母親と10歳の娘が兵士にレイプされた事件が明らかになっている。もちろんこれらはほんの一部だ。

彼らを「治安部隊」と呼ぶのはやめてくれ

 2009年8月には、スリナガルの南方に位置するショピアン地区で、17歳と22歳の女性が警察部隊の何者かにレイプされた上、殺害された。しかも遺体は小川に捨てられていたことが判明し、スリナガルでは大規模デモが発生、数日にわたってデモ隊が街頭でインド部隊と衝突した。

 スリナガルで住民に話を聞くと、インド部隊のなんとも無慈悲な行為がどんどん出てくる。もちろんどこまで根拠のあるものかは分からないが、「外出禁止令の際にちょっと外出したら容赦なく射殺された人がいた」「夜に道を歩いていたら、犬と間違われて射殺された少年がいた」「ある村は過激派をかくまったとして焼き払われた」「紛争が始まってから、武装勢力とは関係のない1000以上の学校や関連施設が破壊された」といった表に出ないような話が次から次へと語られるのだ。

 こんなこともあった。筆者はスリナガルで、友人に何気なくインド部隊のことを「治安部隊」と呼んだ。その友人は、私の肩に手を置いてひと息ついてから、しばらくじっとこちらの目を見つめ、こう言った。「お願いだから彼らのことを『治安部隊』と呼ぶのは止めてくれ。無実の人、子どもも女性もおかまいなしに殺害する人たちが、何の治安を守っているというのか」

 とにかくそんな状況で、1947年からこれまで、テロの応酬や激しい戦闘が行われてきたことで、4万7000人以上の死者が出ているとされる。だが実際には、10万人以上の犠牲者がいるとの説もある。

 このように、拭い去ることのできない不信感がカシミールの住民に染み付いている中、インドの憲法370条で定められたカシミールの自治権を剥奪するという決定が発表されたのである。混乱は必至で、インド政府が部隊を増派して監視を強化させたのも当然と言えよう。

カシミール地方の停戦ラインで印パが交戦、5人死亡

インド北部ジャム・カシミール州の夏の州都スリナガルで、警戒に当たる治安部隊員(2019年8月15日撮影)。(c)Sajjad HUSSAIN / AFP〔AFPBB News

 では、そもそもカシミールの住民は何を求めているのか。彼らは、インドにもパキスタンにも支配されたくはないと考えている。住民らのほとんどは、「自己決定権」による分離独立を目指している。国連安全保障理事会も、これまで何度かカシミール紛争について「自己決定権」を与えるべきとの見解を示してきたが、インドがすべて無視してきた。

 ただ今回の自治権剥奪により、カシミールは独立から後退したと言える。だからこそパキスタンはこの決定に、インドとの貿易を停止し、両国間を走る鉄道を止め、インドの駐パキスタン大使を追放した。イムラン・カーン首相は、「今回こそは思い知らせてやる」と反応している。

 印パ両国が核保有国ということもあり、8月16日、国連安全保障理事会が再びカシミールの問題を議論する。大きな進展は見込めないが、世界に問題を再確認させることには繋がるかもしれない。

 15日にはカシミールの国境地域でパキスタン兵とインド兵が銃撃戦を行って、両サイドで死者を出している(インド兵の死亡についてインド側は否定)。これからインド部隊によるカシミールへの締め付けが強化されることは間違いない。それに伴い、反発する人たちがカシミールを舞台にテロなどを巻き起こす可能性もまた高い。

 世界は、インドとパキスタンという核保有国が冷静な対処をするよう働きかける必要がある。