これに補足すれば、どうしても日本のスプリント界はひと昔に比べれば右肩上がりとはいえ、まだまだ指導の体制が世界レベルから遅れをとっていると言わざるを得ない。いくら世界レベルのスプリンターたちのデータを入手出来ても、選手個々に対して理論的に説明し、技術的に大きな進歩を遂げさせていく育成システムが日本は〝ハード〟と〝ソフト〟の両面で「欠けている」(前出の幹部)からだ。

 フロリダ大でサニブラウンの急成長を支える〝ソフト〟の1つとなっているのは、同大でヘッドコーチを務めるマイク・ホロウェイ氏である。2012年ロンドン五輪で男子1600メートルリレー銀メダルに輝いたトニー・マッケイ(米国)らトップアスリートたちを指導した経歴を持つ名指導者だ。

フロリダ大のヘッドコーチは選手の潜在能力を引き出すスペシャリスト

 サニブラウンは昨年5月に右脚を負傷してしまったが、そのホロウェイ氏のもとで「ケガをアンラッキーではなくラッキーととらえ、すべてをゆっくりと立ち止まって見渡せるポジティブなビッグチャンスと考えろ」との助言を受け、まだ不慣れだった米国での生活とトレーニングプログラムに馴染む意識改革に努めて飛躍的に成長する足がかかりをつかんだ。実際、NCAAの中でもホロウェイ氏はアスリートの潜在能力を引き出すことが抜群に巧いスペシャリストとしても知られている。

 前出の幹部もホロウェイ氏を「日本にはいないタイプの指導者」と認めた。そして日本にいまも蔓延る〝危険な差別〟こそが、国内のスプリント界、もといスポーツ界全体の成長を阻む要素になりかねないとも指摘する。

「サニブラウンの能力を高校(城西大城西)の早い段階から『世界に通用するアスリートになる』と見抜き、日本ではなくもっとハイレベルな米国へ行くべきと勧めた日本の指導者や周囲の関係者たちの決断は勇気あるものだったと思う。

 だが陸連の中にはいまも前時代的な発想を持ち、サニブラウンが日本を離れたことを快く思わず『ハーフだから強い』という言い訳を逃げ道にし、日本の育成システムが世界から見て遅れている点に目をつぶろうとしている人も少なからずいる。それではいけない。サニブラウンが米国で成長していることを素直に認め、日本のスプリント界ももっと新しいことを受け入れ、成長していかなければいけない。

 そもそも、そういう悪しき流れを助長しているのはネット上を含め日本国内に性懲りもなく残っている排他的な考えだ。『ハーフは日本人ではない』などといった差別的な風潮が少しでも残る限り、いつまで経っても日本のスポーツ界は『世界標準』に到達できず置き去りにされるだけだろう」

 ぜひともサニブラウンには今後もさらなる成長を遂げ、日本のスプリント界に新風を吹き込んで欲しい。

 そして来年の東京五輪ではレース後のトラックで胸を張りながら母国の日の丸を掲げることで、つまらない差別的な言葉を繰り返す人たちも永久に黙らせてくれると信じている。