なぜ、選択肢を選手に与えるのか

 一般的に、コーチは「こうしなさい」とアドバイスをすることが多い。指導する側として結果が出るまでのプロセスを理解していて、どういう練習をすればいいかわかっているからだ。

 しかし、石井はそうしない。あえて複数の、それもこれまでやったことがないような練習方法を取り入れ、選手に提示する。なぜか。

「こうやれ、って指導をしたら、逆に選手たちに逃げ道を作ってしまうことになると思うんだよね。『言われた通りにやってできないじゃないか』とかね。それは自分も経験してきたし、そういう選手も見てきた。だったら、こっち(コーチ)は選択肢を与えてあげて、選手が考えて選んでやったほうがいい」

 そしてもうひとつ、「こうしなさい」という指導のデメリットを指摘した。

「感性にしても技術的なことにしても、対応力にすごく乏しい選手、臨機応変にできない選手になってしまう。例えば、そのメニューがなかったら何もできない。その場所にいつもの器具なかったらトレーニングができないというふうに」

 言い終わると、笑いながらこう付け足す。

「『これだけやれ』って言って、うまくいかなかった(コーチである)自分の責任になっちゃうから、自分への逃げ道かもね」

 インタビュー中、自身が取り組んできたことに「やるのは選手だから」「ヤクルトは(特に若手が)まだまだ発展途上」と繰り返した。

 しかし、節々に飛び出す「言葉」には石井のコーチ哲学ともいえるそれが隠されている。

「コーチは答え(結果)を教えることはできない。でもヒットを打つ、得点を取る・・・といった答え(結果)はわかる。その答えが『10』だとしたら、『10』への導き方ってたくさんあるわけ。5+5、8+2、3+7・・・。決してひとつじゃない。それを示すことがコーチの仕事だと思っている」

 ゴルフクラブもメトロノームも、重いベストも、そのものをこなすこと「だけ」に意味はない、ということだろう。

 ちなみに石井は「野球のゲーム」についても同じように考えている。チームが勝つために必要な答え、そこに至るプロセスには無数の選択肢がある。例えば「1点を取る」という答え。その方法は、ホームランもあれば、スクイズもあるし、ゲッツー崩れの間に、ということもありうる。どれも同じ1点。答えまでの道順が違うだけだ。

 例えば、ノーアウト満塁で打席が回ってきた選手に対し求める結果は、ヒットなら満点、フォアボールや犠牲フライは及第点、ゲッツーは落第点。そんなイメージを抱くが、石井は「どれも1点、評価する。その1点で勝つことがあるわけだから」と言い切る。そして「だから、三振だけはだめだけど」とも。

「塁に出るという答え、ランナーを進めるという答え、点を取る、という答え。どれも勝ちに向かうために必要なものなんだけど、そのどれも方法はひとつじゃない。それを与えられれば、打席での考え方が変わってくるし、余裕も出てくる」

 カープの取材を続ける記者に、その打撃力のすごさを尋ねたとき、「得点のバリエーションが多い。それは進塁させる、出塁にしてもそう」と言っていたことを思い出した。