本当に読むに値する「おすすめ本」を紹介する書評サイト「HONZ」から選りすぐりの記事をお届けします。
Rijksmuseum, Amsterdam, Netherlands(Photo by Michael D Beckwith on Unsplash)

(文:冬木 糸一)

 図書館巡礼という名の通り、本書は世界各地の図書館について、本のない時代からボルヘスによって想像されたバベルの図書館のような空想上の図書館まで、幅広く取り扱っていく一冊である。原題は『THE LIBRARY A CATALOGUE OF WONDERS』。“何にもまして私たちが痛感したことは、図書館は物語にあふれているという事実だ。生と死の、渇望と喪失の、信念を貫く、あるいは枉げる物語。考えうるありとあらゆる人間ドラマの物語だ。そして、複雑でフラクタルな、世代を超えた道筋を介して、すべての物語は相互に繋がっているのだ。”

 本の構成としておもしろいのは、1から10まで図書館の話というわけではなく、章の合間に数ページほどの「本」にまつわる短いエッセイやエピソードのようなものが挟まれていること。なので、図書館についての本であると同時に、一種の書物狂いたちの物語でもあるのだ。たとえば、「愉悦」と題された章では、書物に首ったけで完全に言っていることがおかしくなった人々の発言が紹介されていく。アイザック・ゴゼットは、本を収集する者には独身でいることを勧め、「結婚を考えてはならない」「もしもそのような考えが生じたときには、本を取り出して読み始め、そんな思いは消し去ってしまいなさい」と言ったという(自分は結婚してるくせに)。

 デジデリウス・エラスムスは手元にいくばくかの金があれば本を買い、それで残れば食べ物や衣服を買うといったというし、とにかく本の道(に限らないだろうが)に狂うと人生とは大変なものになってしまう事例が(愉悦では)数多く紹介されていく。

本がない図書館、フィクションの図書館

 もちろん、紹介されていく図書館の事例も興味深いものばかり。

 何しろ最初の章は「本のない図書館」なのだ。本のない図書館は図書館じゃないのでは? と思って読み始めたら、話は本が書物の形として存在する以前の図書館、「口誦伝承」からはじまるのだ。“どの国にも、書き記されるずっと前から存在している伝説や寓話、判じ物、神話、詠唱などがある”。筆記法がなければ文章は残しようがないわけだが、だからこそ当時の文明は複雑な復唱パターンを編み出すなど、いくつものやり方で「口誦」の技術を高めていた。著者によると最初の口誦図書館は、中央オーストラリアの乾燥地帯で数万年かけて形成されたという。