人員削減を迫られているのは、マスク氏が手がけるもう一つの企業、宇宙開発ベンチャーの「スペースX」も同じだ。テスラが7%の人員削減を発表するちょうど1週間前に、スペースXは従業員10%の削減を明らかにした。全従業員数6000人の1割にあたる600人ほどが対象になる見通しだ。財務状況は健全としながらも、今後の成長を考えると「よりリーン(筋肉質)な会社にならなくてはいけない」と削減の理由を説明した。

 18年後半、スペースXはレバレッジドローン市場から調達する資金を大幅に縮小したり、その過程で取引を仕切る幹事銀行が交代したりしたと伝えられた。背景にあるのは、欧米で金融緩和政策の終わりが意識され、投資家心理が慎重になるなかで、マスク氏ほど有名なベンチャー起業家でも簡単にお金を借りられる時代は終わったということだ。マスク氏は自ら自分の事業計画はせっかちすぎて、計画通り進まないことを認めている。「来年やる」といったことが実際には3年後に実現するといったことはザラだ。マスク氏の「夢」に投資するリスクマネーが減るなかで、傘下企業の財務体質の改善は必至だ。

 テスラでは、3月1日に9億2000万ドル分の転換社債が償還時期を迎える。テスラの株価が一株359.87ドル(20営業日平均)を下回ると、同社には現金での支払い義務が生じる。人員削減を発表した18日終値は302.26ドル。あと1カ月あまりで2割近い株価上昇を目指す厳しい戦いが始まった。

「テスラとスペースXの倒産」を意識した2008年に酷似

 ガソリン安、エコカー普及のための減税処置の縮小、トランプ政権による燃費規制の緩和方針など、EVメーカー・テスラを取り巻く米国の環境は厳しい。だが、好転の兆しもみえる。

 テスラは18年7〜9月期に最終利益3億1150万ドルを計上。赤字とみていた市場予想に反して、8四半期ぶりに黒字転換を実現した。18年7〜9月期よりは縮小したものの、18年10〜12月期も黒字を確保したことを、マスク氏は社員向けの電子メールで明かしている。18年10〜12月期の正式な決算発表は、1月30日(米西海岸時間午後2時半)に行う予定だ。

 18年は「悪い意味」でマスク氏が注目を集めた年だった。

 タイの洞窟で遭難した少年サッカーチームを救った英国人ダイバーをツイッター上で「小児性愛者」と呼んで批判を浴びたり、ポッドキャストに出演中にマリファナを吸った動画が流れたりした。テスラ株の非公開化をツイッターで宣言し、米証券取引委員会(SEC)に提訴される事態にまで発展した(その後、和解)。交際女性との動向にメディアの関心が集まる時期もあった。だが、こうした「風変わりな行動」に関する報道は、昨年末あたりから収まりをみせている。同氏のツイッター上でのつぶやきもテスラやスペースXに関するものが中心で、19年は落ち着きを取り戻し仕事に集中している感じをうける。

「どちらも自分の赤ん坊のような存在。どちらか一つなんて選べない」。18年3月に開催されたベンチャー企業の祭典「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)で講演したマスク氏は、08年に一度、テスラとスペースXの2社の倒産を意識したことがあると明かした。

 当時の手持ち資金は4000万ドル。どちらか有望な方にまとめて資金注入した方が賢明なのではないかと悩みながらも選択できずに半分ずつ投資し、結果としてどちらも生き残った。破綻覚悟の会社に融資させられないと友人からの援助は断ったが、離婚したばかりで住む場所がなく家賃は友人から借りていたという。

 仕事もプライベートもボロボロとなった後に、多大な困難と努力、そして少しの幸運を伴って再起を図る――。マスク氏を取り巻く現在の状況は、08年と似ているように思う。ただし、今回は米中貿易戦争の拡大懸念や世界的な金融緩和の後退、こうした構造変化に伴う世界的な景気後退懸念など、マスク氏一人ではコントロールできない複雑な要素も影を落とす。2度目の正直はあるのだろうか。まずは、3月1日の大型社債の償還が第一関門となる。