(児美川 孝一郎:教育学者、法政大学キャリアデザイン学部教授)
大学関係者の界隈で「IR」と言えば、それは、いま政府が進めようとしている「統合型リゾート(Integrated Resort)」のことを指したりはしない。もちろん、企業の投資家に向けた情報提供活動である「IR(Investor Relations)」のことでもない。端的に、大学関係者の誰もが思い浮かべるのは、ここ数年で、全国の大学に急速に普及してきた「IR(Institutional Research)」のことである。
大学におけるIRとは、いったい何なのか。なぜ、この間、全国の大学に広がったのか。IRを推進することのメリットはどこにあり、逆に、そのことに落とし穴はないのか。今回の記事では、このあたりのことを考えてみたい。
IR(Institutional Research)とは何か
IRを無理やりに日本語に訳すと、「機関研究」にしかならない。しかし、これでは何のことだか分からないので、多くの者は、この語を英語のまま使用し、略語である「IR」を便利に使っている。では、大学におけるIRとは、そもそも何なのか。
本来はかなり包括的な活動の全体を指す概念なのだが、端的に言ってしまえば、大学経営の改善や経営戦略の策定、学生支援や大学教育の質の向上を目指す施策の立案などを目的として、学内にある諸々のデータを収集・分析し、施策の実施支援と実施後の検証を行うといった活動を指す。ありていに表現すれば、大学という「機関(Institution)」が自ら取り組む、経営改善や教育改善のための「研究(Research)」活動のことである。
IRの発祥は古く、1924年にアメリカのミネソタ大学にIR部門(IR Office)が設置されたことが、現在のIRの原型であるとされている。その後、1960年代には全米の大学に急速に普及したという。現在では、アメリカの各大学は、大学組織内に独自のIR部門を設け、そこにIR専門職を配置するという体制を整備している。
大学教育の「質保証」への社会的要請が強まり、それに対するアカウンタビリティ(説明責任)が求めれられる近年では、IRは、各大学における意志決定と戦略的な経営にとって不可欠なものと位置づけられているわけである。