企業努力として、社会的責任を果たすために、商行為などを通じて暴力団への利益供与を拒否し、関係を遮断する必要性から当然であろう。結果、暴力団関係者は、銀行口座から不動産の賃貸契約まで、ありとあらゆる商取引から排除された。
しかし、ここに大きな問題が生じた。暴力団やフロント企業という密接交際者や周辺者以外にも、暴力団を離脱した者(その家族)までもが、社会的、経済的な不利益を被る事態が出来したのである。
生活口座を奪う、元暴5年条項
このような事態は、暴排条例に明記された「元暴5年条項」の弊害によるものである。つまり、条例によって、暴力団を離脱しても、おおむね5年間は暴力団員関係者とみなされ、自分の名義で家を借りることも、口座を開設することもできない。
全国銀行協会は、2009年9月、マネーロンダリング対策の一環として、加盟行187社に対して、預金口座開設を拒否するように通知した。2018年1月からは、警察庁の暴力団データベース(約1万8000名が登録)による照会が開始され、より厳格な取り組みが開始されている。
金融機関の立場からしては、暴力団離脱者が、実際に離脱しているか否かの判断が容易ではないという事情がある。しかし、離脱者が日常的に利用する「生活口座」が持てなければ、就職活動や自営業を営むことが難しく、憲法で保障された健康で文化的な生活を享受できない。そうであれば、警察庁、法務省が暴力追放運動推進センターとの連携をはかって実施している「暴力団離脱の働きかけ」を阻害する可能性がある。この働きかけは、2016年に施行された「再犯の防止等の推進に関する法律」に基づいて、翌年に策定された「再犯防止推進計画」が根拠となっている。
金融暴排による口座開設問題につき、裁判所は以下のように判示している。
暴排条項は目的の正当性が認められ、目的達成のために反社会的勢力に属する預金契約者に対し解約を求めることにも合理性が認められるから、憲法14条1項、22条1項の趣旨や公序良俗に反するものではなく有効であり、暴排条項の適用によって被る暴力団員の不利益は自らの意思で暴力団を脱退さえすれば回避できるものであると(福岡地判決平28.3.4、福岡高判平28.10.4)。
しかしながら、暴力団を離脱しても、生活口座が開設できないという現状は、裁判所の見解に疑義が差し挟まれかねないという問題が生じている(荒井隆男「金融暴排実務の到達点――政府指針公表後10年を経過して」金融法務事情2100号)。
筆者は、2015年以降、暴力団を離脱した当事者、その家族による怨嗟の声のリアルに耳を傾けてきた。彼らとその家族は、日本国民でありながら、様々な社会権が制約されている。家族を養うには仕事が必要であるが、10~17年度に暴追センターなどの支援で離脱した4810人うち、就労率は約2.6%と低調である。
組織に属していたら会費は納めなくてはならないがシノギはない。組織を辞めても社会に受け入れられず仕事がない現在、一部の離脱者は、裏社会の掟すら逸脱したアウトローに身を落とし、危険なシノギによって糊口をしのいでいる。彼らの牙は、未成年者や高齢者という社会的弱者に向けられるようになった。
全国で施行された暴排条例というターニング・ポイント。そして、自治体から暴排主体としての役割を担わされた住民の困惑と「ヤクザ観」の変容、暴力団のアングラ化。時代は変化し続けている。辞めるも残酷、残るも地獄――そのような現代ヤクザに明日はあるのか。筆者は、自ら明日を手探りで手に入れようとする二人の暴力団離脱者を精緻に取材した。次回以降、社会的排除の中で、必死に生きようともがく彼らの挑戦を紹介したい。