なお、山伏修行期間中は、ヒゲを剃っても、顔を洗っても、歯磨きはもちろんクチをすすいでもいけない。化粧も禁止。なんせ「十界」のなかでは、いまだに地獄界から餓鬼道あるいは畜生道をさまよっている段階である。ヒゲは伸びるままに、顔も洗わないまま、クチはすすがないまま、入浴はせずカラダは洗わないままでいなければならないのだ。

メインイベントは月山の登山

 3日間のうちのメインイベントはなんといっても「月山(がっさん)抖そう行」だ。バスで八合目までいき、そこから頂上まで徒歩で往復する。

 月山は修験道の山である。地下足袋で歩くのは慣れていないので正直いって歩きにくいが、信仰登山である以上そうせざるをえないのである。景色を楽しむどころか、先達(せんだち)の指示のままに、ひたすら歩くことが続いた。ある意味、これが本来の行(ぎょう)に近いのかもしれない。「何のために歩く」のか、こういったことは先達からは一切語られず、われわれはただ「うけたもー」(請け給う)と答えるのみ。ひたすらカラダを動かし、ものは考えない。これが重要なのかもしれない。俗世間とは真逆の世界である。

 2日目の最後は再び「南蛮いぶし」である。さすがに2回目なので対処方法のノウハウは学習済みだ。とはいえ、それを見越してのことだろう、さらに唐辛子の量を増加して、攻めること、攻めること。難行苦行であることには変わりない。

 朝から晩までてんこ盛りの、カラダを使った修行メニューをこなしてきたからだろう、2日目はぐっすり眠ることができた。3日目もまたホラ貝で起こされるのだが、その前にすでに目は覚めていた。

俗世間に戻っての最大の楽しみは?

 最終日は再び羽黒山への抖(と)そう行から始まった。

 まず、国宝五重塔の前で「三語」を奉唱したあと床固め(=座禅)。朝の空気のなか、観光客もまったくいない早朝に座禅するのは実に気持ちよい。自然との一体感を感じて、そのまま自然に没入してしまう時間を過ごすことができる。なんとも贅沢な時間である。

国宝羽黒山五重塔(筆者撮影)

 出羽三山神社では、最後の階段十段を昇って拝礼、満願成就の報告である。階段の十段は十界に該当するらしい。この十界めぐりがやっと終わったというわけだ。

 最終日の朝食はないが、すでに朝食を食べない「半日断食」を続けている私には苦でも何でもない(前回のコラムを参照)。2日目は朝昼晩と一日三食も食べているので、「断食」とはほど遠い。ここが、「体験修行」と本格的な「秋の峰入り」修行とは違うところだ。峰入りでは、最初の数日は断食のまま修行するらしい。