疲れた先輩の背中

 ところが、酒にめっぽう強い所長や課長が、深く酔って苦しんでいる時があった。それは、水没者たちとの会合から帰ってきた深夜であった。

 当時、すでに補償基準は妥結していた。各個人の補償調査と、それに基づく補償が次々締結されていった時期であった。つまり、補償交渉の山場は過ぎていた。打ち合わせの中心は、代替地で水没者たちの生活をどのように再建するかであった。その打ち合わせは、厳しい対決の場ではなかった。和やかな雰囲気で進んでいたはずであった。

 会合は公民館や水没者の自宅で行われていた。一段落すれば、お酒も出て水没者たちと深夜まで懇談が行われた。

 しかし、その会合から帰ってきた所長や課長が、洗面所で冷たい水を飲み、疲れきった背中を丸めている姿を何度か目撃したのだ。

 あれほど酒に強い先輩たちが、なぜそれほど苦しむほど酔ってしまうのか? それが不思議であった。

 ある夜、寮で所長と酒を酌み交わしているとき、私はそのことを聞いてみた。「地元の人と飲むのは、苦痛ですか?」

 所長は少し考えて「苦痛じゃない。しかし、辛いよ」とぽつんと言った。

「何が辛いんですか?」 若かった私は、調子に乗ってかぶせて聞いてしまった。