安楽死を考える上で、これらの国々の法体系や実情を知ることは大きな意義がある。

 なかでもオランダは、2001年に「要請に基づく生命の終結ならびに介助自殺法」(いわゆる「安楽死法」。注1)を制定した「安楽死先進国」である。

 この法律が成立する前のオランダでは、「積極的安楽死」や「介助自殺」を施した医師は、いったん「嘱託殺人罪」で送検され、その手順が定められたガイドラインに沿ったものであったと認められた場合には不起訴になる、という仕組みになっていた。それが「安楽死法」制定により、注意深さの要件を守り、安楽死に手を貸し、届け出た医師は審査委員会(注2)により適切な措置だったと認められれば、送検されることはなくなったのである。

 オランダは個人主義が強い国と言われる。自分の生き方は自分自身で決めるという国民性を持つ。そういう国だからこそ、「安楽死」を求める声も根強かった。

 安楽死法の成立についても国民はおおむね歓迎してきたし、その運用についてこれまで大きな問題は発生してこなかった。

 ところが近年、そのオランダで安楽死を巡る議論が再び盛んになっている。

 倫理学を専門とする私は、長年安楽死についての調査・研究を続け、オランダの制度についても注目してきた。

 オランダで一体何が起こっているのか。安楽死を巡る現状を調査すべく、私はオランダへ向かうことにした。

 オランダで安楽死を巡る議論が再燃した理由の一つは、政府が議会に提出した「人生終焉の法案」の存在だった。

政権の枠組み変更でお蔵入り

「安楽死」が合法化されている国でも、希望すれば誰でも楽に死なせてくれる、というわけでは、もちろんない。「病気で耐え難い苦痛があるなら」死を介助してもらえる、ということだ。つまり重篤な病気に苦しんでいるわけではない人に、自死の介助を医師に要求する権利を与えているわけではない。

 オランダでは安楽死が認められるためには、『本人の意思表示があること』『耐えがたい痛みがあること』『回復の見込みがないこと』『治療の代替手段がないこと』などが必須の条件になっている。

 だが、その条件に当てはまらない人の中にも、「安楽死」を希望する人が数多く存在している事実がある。