高畑勲さんの訃報、ご家族、ご一同様には心からお悔やみを申し上げます。
実は、ある案件で高畑さんにメールを差し上げていたのですが、ご返信がいただけず、いつもはすぐに返信のある高畑さんらしくない、どうされたのだろうと案じていました。
本当に、本当に残念です。私の高畑さんとのご縁は、まずもって他の媒体が記さないようなものばかりですので、そうした別の角度から、「反追悼文」を準備しました。
高畑さんにはまだやってもらわなければならないことがたくさんありました。安らかに休んだりする世界状況ではなかったのに・・・。正直、とても悔しいです。
文学青年としてアニメに向かう
結果的に生前最後に、高畑さんとお目にかかったのは、すでに2年近く前のことになってしまいました。メールの返信は早く、数本の計画が進んでいたのですが・・・。
2016年8月9日、長崎原爆の日に東京大学安田講堂で私たちは連続シンポジウム「哲学熟議・哲楽遊戯」を開催しました。
まず午後1時から アニメーション「火垂るの墓」全編の上映。
続いて、高畑勲さんと哲学の一ノ瀬正樹教授が対談しているところに、東京新聞「平和の俳句」の選を終えた金子兜太さんと黒田杏子さんの俳人お2人が加わる「不戦の歳時記」という催しでした。
このとき、3時間以上にもわたって白熱する議論を展開され、本当にお元気だった金子兜太さんが2月20日に逝去され、いま4月5日、今度は高畑さんが亡くなられた。
親しく平和を愛する創作をともに大事に考えてくださった先輩方が、せっかく季節は暖かくなっていくのに、どんどん去って行ってしまわれる。
断腸の思いです。実は、まだ詳細を書くことはできないのですが、急逝された金子兜太さんが104歳くらいまではお元気の予定で私たちが準備を進めてきたことがあります。
それにまつわるご依頼を高畑さんにお伺いしていたのですが、ご返事の代わりに訃報がもたらされてしまいました。