『さよならソルシエ』では、史実をある程度踏まえ、弟テオドルスの視点から、炎の画家と呼ばれた兄の生涯を語る作品に仕上げている。おもしろいのは、この作家ならではの“創造性”と綿密に計算されたシナリオが組み込まれているところだ。

 魂を掴まれるような絵を描く、聞くものを涙させる歌をうたう、大衆を惹きつける演説をするなど、誰が見てもわかりやすい才能もある。そんな才能を持つ者に対し、嫉妬を覚えることもあるだろう。しかし、神様がくださるギフト(才能)は、そうした一部の人だけのものではなく、ちょっと見ではわからないが、確かにギフトと呼べるものがきっとあなたにもある。

 テオドルスは自分自身のギフトに気が付いたとき、すべてが始まり、そして終わってゆく。タイトルの「さよなら」は、テオドルス自身の人生をリセットする、自らへの訣別の言葉なのではなかろうか。

 兄フィンセント(ゴッホ)が亡くなったのは、パリ近郊の村オーヴェル・シュル・オワーズだった。麦畑に囲まれた密やかな墓地に、彼が眠る墓が今もある。

 作品を読み終えたら、ぜひこの地の風景を見てほしい。亡くなった当時からずいぶん年月が経過しているが、Googleのストリートビューで墓地の傍らに立てば、「オーヴェルは実に美しい」と生前ゴッホが言った麦畑が広がっている。その穂先をかすめるように吹く風が、あなたのもとに届くかもしれない。

ひかわきょうこ 彼方から

 少女マンガとしては異色の異世界を舞台としたファンタジー、ひかわきょうこの『彼方から』は、発表当時に大きな反響を呼んだ。平凡で穏やかな生活を送っていた女子高校生立木典子が、下校途中のアクシデントで異世界に迷い込んでしまう。異世界にヒロインが飛ばされてしまうのは物語の冒頭、コミックスのページ数にしてもあっという間の出来事である。

 『彼方から』のメイン舞台は、まったくの異次元の彼方に存在する位置づけで、人が統治する世の中は同じだが、それ以外の生物・文化・風習がまったく異なる世界となっている。時代考証などの必要がない反面、世界観を維持するための膨大な設定が必要になるため、作者は相当の労力を要したはずだ。

 異世界にいきなり放り込まれた主人公の典子は、問答無用にモンスターに襲われ、わけもわからず異世界の人からも追われることになる。間一髪のところで典子を助けるのが、もう一人の主人公、尋常ならざる特殊な力を持つイザークという少年だ。

 この2人が出会い、期せずして旅していく過程で、様々な国を巻き込む騒乱が起こっていく。こうした異世界にスリップしてしまう物語は、多くの場合、単なる偶然ではなく必然の理由がある。『彼方から』もその例外ではない。典子が異次元から呼び寄せられた事実が周囲に明らかになるにつれ、2人を取り巻く状況は絶望的になっていく。果たして典子は現実世界に戻ってくることができるのだろうか?