詩人・八木重吉の「花になりたい」の一節、「えんぜる、、、、になりたい」が、作品内で印象的なモチーフとして使われている。この詩が登場した場面、体に纏いつくような軽やかな空気感を、筆者は今でも鮮明に思い出すことができる。

 転身という意味を持つ、メタモルフォシス。思春期の彼らがどう転身していくのか、その過程を見守る我々の心の中に小さな転身の種を落とす、そんな作品である。

安藤ゆき 町田くんの世界

 続いて紹介するのは、メタモルフォシス伝から40年後の世。『町田くんの世界』である。作者の安藤ゆきは、本作のメインコンセプトとして「人たらし」を描くことにしたという。いわゆる少女漫画のヒーローにありがちな、優れた容姿や学業優秀、あるいは類まれな能力やオーラといったきらびやかな要素を、主人公から排除し、徹底的に中身勝負することにした。6人兄弟の長男の町田一(まちだはじめ)は、一見すると感情の機微に乏しく、誠実でまじめだが不器用で要領が悪い。極めて地味な存在ながら、しかしじわじわと人を魅了していく主人公を作り上げた。

 本作は第20回手塚治虫文化賞 新生賞を受賞している。その受賞理由は、ただ“主人公のユニークな造形が光る「町田くんの世界」の清新な表現に対して”とある。

 先にも述べたように、町田くんは空を飛ぶわけでも、相手の心を読む超能力があるわけでもない。彼はただ、大事だと思う相手にストレートに届く、“言葉”を持っている。著名な棋士が自らの指し手について「なぜかわからないが、これが最良の一手と直感的にわかることがある」と話すのを聞いたことがある。この最良の一手を繰り出せるのが町田くんにほかならない。もし目の前に事の大小に関わらず“あってはならない”状況があったなら、彼はその面倒ごとに躊躇することなく関わり、相手の心に届く最良の一手を打ち込んでくるのだ。

 生きている限り避けて通れない人間関係も、視点を変えることでうまくいくこともある。きっかけは、ほんの些細なことだったりする。水面に落ちた一滴、やがて大きな輪となり水面を伝播していくように、町田くんの存在する世界は、周囲の人をゆっくりゆっくりと幸せにしていくのである。

 そんな人類愛に満ちた町田くんにも、未知の領域があった。少しずつ心を通わせてきた同級生の猪原さんとの淡い恋。少年から大人への階段を1つ上り、その先にあるはずの何か。この春に迎える連載最終回(単行本は1~6巻が既刊)を楽しみに待ちたいと思う。