樹なつみ 八雲立つ

 上編最後は、樹なつみの『八雲立つ』を取り上げたい。ややオカルト系のテイストがあるので、その手合いが苦手という方もいるだろうが、際立つ世界観と強烈なキャラ立ちで、最初の2巻(文庫は全10巻)を一気読みしてしまうこと間違いなしの面白さを保証する。

 本作を読む前に、この作品の核となる「シャーマニズム」についておさらいしておこう。人類歴史上古くから、お告げを受ける特別な能力をもった、シャーマンと呼ばれる人々が存在していた。特に東アジアでは、トランス状態に陥り神に憑依され、その言葉を伝える憑依型のシャーマンがいたといわれている。人と神をつなぐシャーマニズムの儀式は、天変地異・戦乱の世の中では欠くべからざるものだったと言えるだろう。

 本作主人公は古代出雲族の血統を継ぐ一族の宗主、布椎闇己(ふづちくらき)だ。名前からしてダークヒーロー感満載の彼は、予想に違わず、高校生ながら目もくらむ負のオーラを放つ稀代のシャーマンである。

 そして運命の糸に手繰り寄せられるように行動を共にしていく、もう一人の主人公が、大学生の七地健生(ななちたけお)だ。一見ただの凡庸なお人よしに見えるが、実はシャーマンと深い繋がりを持つ古代鍛冶師の血を継ぐ宿命の相方だ。破滅型の主人公を正気につなぎとめ、絆を深めていく様が、このスペクタクル怪奇マンガの見どころの一つでもある。

 「八雲立つ」は日本神話に登場するスサノオノミコトが出雲の地で詠んだとされる日本最古の和歌であり、この作品の原点ともなる位置づけとなっている。

 大和王朝に滅ぼされた古代出雲王朝の族長であったスサノオが、非業の死をとげる際に放った強い恨み。1700年の時を経て「念」と呼ばれる強大な負のエネルギーとなり、出雲族の子孫が代々守ってきた結界を破り、この現世においてすべてを飲み込もうと動き出す。現代の東京と出雲、そして時空を超えた古代出雲を舞台に、スサノオの呪詛を解き放つため七振の神剣を集める戦いの果て、八重に重なり広がりゆく雲の彼方にあるものは・・・。

 設定は荒唐無稽なものかもしれないが、人の心に巣くう闇ほど恐ろしいものはないというのは人の世の常だ。作品中に出てくる「己の心の邪(よこしま)に勝て」は、改めて人生を考えるすべての人に響く言霊(ことだま)となるだろう。

つづき(残りの4冊)はこちら
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52830