それ以外の駅でも、列車を降りた人々がホーム階段を上がらず、当たり前のようにそのまま線路を横切って出口に向かったり、線路の上で子どもが遊んだりする姿を日常的に目にする。

 いずれも列車の速度が遅いからこそ今は大事故に至らずに済んでいるが、今後、列車の速度が上がって本数も増えればそうとばかりも言っていられない。利用者や沿線住民の安全意識をどう高めるかは、両国の関係者の最大の懸案事項だ。

 ヤンゴン環状線の設計作業も終わりに近付いた1月下旬、あるキャンペーンが1週間にわたって展開された。

 「改良事業によって事故を起こしてはならない。今後も環状線の全38駅で継続的に実施し、利用者に安全を呼び掛けていく」

 キャンペーン初日の朝、ヤンゴン中央駅のホームで開かれたオープニングセレモニーの場で今回の目的について地元の記者団から問われたMRのトゥンアウンティン南管理局長は、力強くそう答えた。

 住民移転対応をはじめ社会配慮分野を担当する日本工営の青木智男さんと一緒に準備を取り仕切ってきた人物だ。

 同氏は期間中、環状線を走るすべての車両にミャンマー語で「公共交通機関の近代化と環状線の安全性向上」と書かれたバナーを掲示したり、鉄道の敷地内にむやみに立ち入る危険性をイラスト入りで訴えるリーフレットを製作・配布したり、主要駅のホームにテレビモニターを設置して安全啓発の動画を終日流したりすることを指示。

 また、現時点での人々の安全意識を調査し、将来の参考にしてはどうかという青木さんの提案に賛同し、性別や年齢、環状線の利用頻度別に「線路を渡る頻度とその理由」や「線路を歩くことが危険だと知っているか」「鉄道の安全についてMRに要望すること」を尋ねるアンケートも実施した。

 そんなトゥンアウンティン南管理局長について、青木さんは、「やると決めたらすぐに関係者を招集し、意欲的に準備にあたってくれた。人々の安全意識を高めなければならない、という強い気合いを感じた」と称賛する。

 副総括を務める日本工営の鈴木弘敏さんも、この日、特別な思いを胸にセレモニーに参加した。設計調査が始まったばかりのころ、暑い夏の夜に少しでも涼をとろうと冷たい線路を枕にして寝ていた子どもたち3人が、列車にひかれて命を落とす事故があったのを聞いて、たいそう驚いた鈴木さん。

 「日本の協力によって亡くなる人を出すわけにはいかない」「われわれには、鉄道を改良するだけでなく、その危険性を人々にきちんと知らせる役割がある」との思いから、調査と併せて安全啓発にも取り組むことを提案したのだという。

 「今回はあくまで最初の一歩。安全啓発キャンペーンは、今後、施工が始まってからも、定期的に実施していく必要がある」と力を込めた。

 ヤンゴン環状線の設計調査は2月末で終了し、間もなく施工監理に向けた支援業務が始まる。2021年の開業に向けて作業も大詰めだ。

 開業まであと4年。決して長いとは言えない時間で、線路の維持管理に対するMRの意識と利用者の安全意識をどのように変革していくのか。悲惨な線路事故を防ぐためには、この「両輪」の取り組みがカギとなるのは間違いない。

(つづく)

ホームを歩く乗客一人ひとりにリーフレットを手渡す
オープニングセレモニーであいさつするMRのトゥン アウン ティン南管理局長(左から2人目)