お披露目の朝
その部屋の奥には、木製の重厚なガラス棚が置かれていた。
家族の幸せな歴史を刻むフォトフレームが隙間なく飾られている左半分とは対照的に、右半分にはマグカップやお菓子箱、銀色のお弁当箱、ガラス瓶、懐中電灯といった普段使いの雑貨が無造作に突っ込まれ、それでも入りきらないアルミ製の大鍋や電気ポットの箱が棚の上にも雑然と並ぶ。
「ハレ」と「日常」が混在したアンバランスさが何とも言えない生活感を醸し出し、ここがオフィスではなく民家であることを雄弁に物語っている。
「皆さんの暮らしに役立つ情報がたくさん載っているので読んでください」
青年の言葉を合図に、床に座った30人ほどの女性たちに冊子が手渡されていく。オレンジ色のロゴとかわいらしいマンゴーの絵が描かれた表紙が配られる様子は、カサカサと紙のこすれる音とあいまって、オレンジ色のさざ波が広がっていくようだ。
さっそくページを開いて読み始めた女性の手元をそっとのぞくと、晴れやかに笑う女性の写真や携帯電話のイラストなどが目に飛び込んできた。
ミャンマー文字は残念ながら読めないが、賢い携帯電話の使い方やニワトリの飼い方、風邪予防の解説などが載っているのだという。ミャンマー版『暮しの手帖』とでも言えようか。
これが、ミャンマー初の貧困層向けメディア『Mango! Social Magazine』(以下、Mango!)がお披露目された瞬間だった。
ここは、ダウンタウンから船でヤンゴン川を渡り、対岸のダラ地区からタクシーでさらに1時間ほど南下したコームー村。アウン・サン・スーチー国家最高顧問の選挙区だったことは、到着してから聞いた。
サトウキビの栽培以外はこれといった産業のない、小さな集落だ。時折、教科書を朗読しているらしき子どもたちの声や、幹線道路を走り去るバイクのエンジン音が風に乗って届く以外、周囲はしんと静まり返っている。
窓越しに見える木の葉が陽射しに照らされて白く光っているが、室内の空気はひんやりと気持ちがいい。
冒頭の女性たちは、日系マイクロファイナンス機関(MJI Enterprise Co.,Ltd.)(以下、MJI)から融資を受けている事業家たちだ。