「おれがアイスクリーム屋をやってたとき」とその男は言った。一軒前の飲み屋で隣に座ったおじさんだった。「彼の子供がウチのアイスを好きでねえ、よく来てくれてたんだ」
「へえ、すごいね」
「へへ、そういうわけで、彼はおれの顔憶えてると思うんだ」
「じゃあ私、話しかけてみていい?」
「いいよ、アジア人の観光客の女の子なんて珍しいから、話してくれると思うよ」
「そりゃいいね、楽しみ」
「ただし、おれも一緒に行く。おれもしゃべりたい」
モルナというジャンルの歌を聴かせるライブハウスにいた。ライブハウスといっても、ステージは質素で、聴衆は思い思いの方を向いて酒をあおっており、盛り場の雰囲気がある。ちょうど土曜の深夜1時、満員御礼の時間だ。
曲と曲の合間に、私はビールを持ったまま、隣のおじさんと連れ立って席を立った。ステージに向かって反対側に、青いワイシャツを着た壮年の男が、2、3人の取り巻きに囲まれて談笑していた
「こんばんは」と、私と連れ立ったおじさんは先ほどまでの自慢げな雰囲気はどこへやら、おずおず緊張している。「わたくしのこと、憶えてらっしゃいますか、大統領閣下」
「こんばんは」 大統領閣下は言った。「ええ、憶えていますよ、プライア(首都)の人ですね」