イスラム女性の服装も場所によってさまざまだが、同じようにニカーブで全身を覆っているものの、色にバリエーショ ンが見える(グレーや紫など暗い色が多いが)シリア・ヨルダン方面の中東や、衣服は洋服を着るが頭髪をカラフルなヒジャーブで覆うアジア方面とは違って、ここのニカーブはただ、黒一色であった。「魔女の宅急便」で、キキが先輩魔女に「真っ黒で時代遅れのダサい服」というような指摘をされていたのを思い出した。イスラム女性ファッションも時代とともに移ろいゆき、黒ばかり着るのはもはや時代遅れなのだろうか。それともここはただ敬虔だというだけなのだろうか。

 そんなことを思って市場でニカーブを見ていると、同じ黒でも布地が違う、袖口が違う。縫い方が違う、刺繍が違う、ビーズが違う。ちょっとしたこだわりを見せるポイントはきっといくらでもあって、その選択肢の幅を広いとか狭いとか決めるのはよそ者の仕事ではない。私は全身を覆うニカーブを買ったものの、外国人への許容範囲は広いと聞いていたので普段はヒジャーブで頭髪だけを隠して町を歩いた。

 道行く男たちはくちゃくちゃと噛み煙草(カート)を噛んでいる。葉っぱを噛み潰してたまった唾とまぜたものを飲み込んでいくとちょっとハイになるらしい。噛み終わった葉っぱのくずはどんどんたまっていくので、彼らの左頬(または両頬)はこぶとり爺さんよろしくプウッと膨らんでいる。

 男たちは、外国人と見ると珍しいのか声をかける。「写真撮ってよ」「ぼくたち4兄弟」「ジャンビーヤ屋なんだよ、見て行ってよ!」

 女たちは何も言わない。ただこちらに一瞥をくれて、そよと傍らを通り抜けるだけである。ニカーブの下で彼女らが微笑んでいるのか、舌打ちしているのか、私には分からない。

マークの付いた場所がサナア(Googleマップ)
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薄暗い風呂場で浮かび上がる女性たちの肌

 サナアは砂漠性気候の、乾いた町だった。半日も歩いて土埃でさらさらになったヒジャーブを払う。この土埃から肌を守るのにヒジャーブはけっこう有用だったりする。ついでに汗も落としたいと思ったちょうどそのとき、行く手にドーム型の、小さいお椀のような建造物が現れた。

 風呂場であった。日本の銭湯と同じように、番台で小銭を払って体を洗うという、普通の公衆浴場だ。

公衆浴場の建物
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