物事を多面的にとらえることが知性を育む上で大切なのは、誰一人否定されないと思います。農薬についても同様で、生物の進化の歴史を知ることが農薬についての理解を深めることもあります。
これまで「農薬と無農薬」という視点から、盲目的に無農薬を信じることの危険性や、毒性評価の視点から人に対する安全性について考えてきました。
そして、今回は「なぜ農薬が必要になったのか」、植物と人間の歴史からひも解いてみたいと思います。
【参考】これまでの記事
・安全のための無農薬なんて「馬鹿のすること」?
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45802
・「農薬じゃない」毒物を平気でまき散らす無農薬信者
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46089
「森の香り」は化学兵器だった
心身をリラックスさせる森林浴。森に入って、杉や檜(ヒノキ)などの樹木の香りに触れると、心身の健康に効果があると言われています。
この森林に漂う匂いは「フィトンチッド」と呼ばれ、植物の中で生成される「テルペン類」などの揮発性物質です。では、なぜスギやヒノキはこうした成分を作り出しているのでしょうか?
「フィトンチッド」とはロシア語に由来する言葉で、フィトンは「植物」、チッドは「殺す」という意味です。つまり、テルペンなど森林浴の香り成分は、人にとっては有用であっても、本来は「他の生物を殺す」ために作り出されたものなのです。
たとえば、フィトンチッドには、空気中の雑菌を殺し空気を浄化する作用のほか、虫や動物に食べられないようにするための摂食阻害作用があります。つまり多くの虫にとっては毒なわけです。
自分たちの子孫を残して繁栄するには、そう簡単に食われるわけにはいきません。動物の場合は、素早く逃亡する足を持っている種もいれば、角や牙で敵と戦う種もいます。ハリネズミは体中に針を持ち、マムシは噛みついて敵に注入する毒を持っています。
しかし植物は自分で移動することができませんから、逃げることは不可能です。食われないようにするには対抗手段として「武器」を持つしかありません。そのためにスギやヒノキは体内でテルペン類を生成し、自衛するようになったのです。
言い換えれば、地球上で最初に化学兵器を生成し、使用したのは人類ではなく、こうした毒素を保有するようになった生物種だったのです。