1970年代には年間に300近く赤潮が発生したという瀬戸内海。汚く、臭く、「死の海」とまで言われていた。その瀬戸内海が驚くほどきれいに生まれ変わっていることをご存じだろうか。
自然に任せていたらきれいになったというわけではない。漁師たちが「カキ筏(いかだ)」を浮かべて瀕死だった海を浄化したり、何十年もかけて海中に「アマモ」の森を蘇らせたことによる成果である。海の生態、命のサイクルに目を凝らして手を入れるという人間の営みによって、瀬戸内海は子どもが安心して泳げる海となり、漁獲高も増えつつあるのだ。
瀬戸内海はいかにして甦ったのか、そして、そのことにより人々の暮らしがどれだけ「豊か」になったのか。『里海資本論』(井上恭介・NHK「里海」取材班著、KADOKAWA)は瀬戸内海の再生の軌跡と未来の可能性を、現場の取材を通して生き生きと描き出す。「里海(さとうみ)」とは、人が手を加えることで海を健康にし、豊かにするメカニズムだ。瀬戸内海生まれのその言葉は今や「SATOUMI」として世界に広まり、国際学会で里海宣言が出されるまでになったという。
本書を執筆したNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーの井上氏は、40万部を超えるベストセラーとなった、あの『里山資本主義』の著者の1人である。書名だけ見て「『里山資本主義』を海に置き換えたものではないのか」と思う人がいるかもしれない。だが、『里海資本論』は里山資本主義の焼き直しではない。それは「自然と対話し、適切に手を加えて、本来の命のサイクルを整え、高めていく」ことであり、「『里山資本主義』を包含し、さらに深め、広げる概念」なのだ。
本書は、NHKスペシャル「里海 SATOUMI 瀬戸内海」と中四国シリーズ番組「海と生きる」の内容を基に執筆されたものである。執筆陣に名を連ねる「NHK『里海』取材班」は、まる1年をかけて徹底的に瀬戸内海を取材した。井上氏は若手ディレクターたちの指導役となって、彼らの取材と番組づくりを支えた。
以下では、若手ディレクターたちの番組づくりへの情熱と奮闘ぶりを、『里海資本論』誕生秘話として井上氏に綴ってもらった。本書とあわせて、ぜひお読みいただきたい。(JBpress編集)