突然発生した川崎少年事件であわただしい最中の2月23日、オウム真理教地下鉄サリン事件などの罪に問われている高橋克也被告の裁判で、すでに刑が確定している豊田亨元幹部への証人尋問が、東京都葛飾区小菅の東京拘置所で行われました。
非公開で行われた尋問には、裁判官のほか市民裁判員も同行し、日本の刑事司法史上でもかつてない進行になっています。
この連載を長くお読みの方はご存知のとおり、豊田亨君は私の大学・大学院時代の同級生で、長い裁判を共にし、刑が確定して以降は「特別交通許可者」として日常的に接見しています。
高橋裁判の尋問は豊田君にとっても緊張する局面でしたので、終了後に安否うかがいを兼ねて小菅で接見してきました。
普段は音楽や物理の話が大半ですが、この日は豊田君と「川崎少年事件」の話もし、それを念頭にその週末、多摩川河川敷の現場を歩いてみたのです。
人なら誰も避けることができない生理原則
前回、川崎の事件で被害者を真冬の多摩川で泳がせた点は、ナチス・ドイツの絶滅収容所でユダヤ人暴動対策の手口と似たところがあると記したところ「なぜナチスが出てくるのか必然性が分からない」という読者の感想を目にしました。
こうしたことは学生にもよくあることで、たぶん文字を表面だけ見て、寒さや痛みを感じずに読み流しているのだと思いましたので、少し補うようにします。
別に「ナチス」が出てくる「必然性」などなく、敵兵の力を削ぐべく体温を奪うといった話は旧日本軍の731部隊などにもありますし、歴史を振り返ればナポレオンのロシア遠征でも八甲田山でも、幾度も繰り返されてきた人の生理の事実にほかなりません。
前回私が記したのはそうした生理的な現実の可能性ですが、結果的に真冬の多摩川の水に漬けられた(「泳がされた」という表現が取られ、新潮や文春など週刊誌の関連記事を見ても、記者がそうした基本的な生理を認識している様子は見られませんでした。