この指南書をよく読み込んだのがダーイシュの幹部であったのだろう。実際、アブ・バクル・ナージの教えをなぞった考えが、ダーイシュの発刊する『ダービク』という宣伝雑誌にうんざりするほど出てくるのだ。実際、一連の人質の残虐な殺戮は、鮮明にこの戦略そのものを実施していると言ってよいほどだ。今、ヨルダンの国論に亀裂が入ったことを最も喜んでいるのは、彼らなのだ。
実は、『野蛮の作法』の中では、敵を火刑にすることすら、7世紀の初期イスラム時代に預言者ムハンマドの教友であったアブ・バクル(初代正統カリフ)も行ったことだとして、この極刑を推奨すらしている。
「イスラム」を錦の御旗にすることで、世界の諸国から戦闘員をリクルートし、暴力を拡大し、宗派間の対立を煽り、イラクという国家を引き続き恐怖に引きずり込み、そして、アラブの春以降の力の空白につけこみ、周辺の国々まで巻き添えにしようとする。このようにして「野蛮」な領域が拡がれば、拡がるほど、ダーイシュの「幻想の国家」は大きくなっていくことになる。
今や、彼らは日本や欧米諸国、全ての有志連合に参加する国々を確信的に巻き込もうとしているのである。これは一言で言えば、サラフィー・ジハード主義者とイラク戦争の敗者からなるハイブリッドな組織による渾身の巻き返しなのである。
確信的に実行している3つの戦術
では次に、ダーイシュが現在とっていると考えられる3つの戦術を解き明かそう。
(1)移住(ヒジュラ)の実行
(2)忠誠(バイア)の誓い
(3)一匹狼型の攻撃(ジハード)の煽動
第1に、彼らの雑誌『ダービク』は、西欧やアラブ諸国に住む人々に対して、「イスラム国」への移住(ヒジュラ)を推奨する。これは初期のイスラム史において預言者ムハンマドがメッカからメディナへと移住(ヒジュラ)を行い、異端者らとジハード(聖戦)を戦った史実を象徴的に活用している。自発的な移住を推奨することで、結果的に彼らの戦闘に必要な兵士を容易にリクルートできることになる。多くの外国人戦闘員の流入も、彼らのイスラム史のメタファーの狡猾な利用に基づくものなのだ。