河野談話(以下「談話」)の発出に至る経緯は政府の調査で明確になった。河野洋平官房長官(当時)は、慰安婦たちの証言・心象と韓国への温情から「強制性」にこじつけ、発表会見で「強制連行の事実があった」という認識を披歴した。

 「談話」をはみ出した心象認識が、日本軍による「強制連行」として国際社会を駆け巡った。

 証言や記憶などの信頼性については、よほど慎重でないといけない。河野氏が歴史に徴して、証言や回想録などをどう考えていたのか理解に苦しむ。以下、いくつかの事例を紹介しながら検証する。

菅直人元首相の出鱈目証言

菅前首相、福島原発事故「最大の責任は国にある」 国会・事故調

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会に参考人として出席した菅直人氏〔AFPBB News

 「産経新聞」(26.9.29付)に阿比留瑠比氏が「菅元首相の証言は信用に足るか」のタイトルで、福島第一原発事故時の全面撤退問題に関する菅直人首相(当時、以下すべて同じ)の政府事故調査・検証委員会における発言を時系列で追っている。

 事故の約3週間後(23.4.18)の証言は「(東電の)清水(正孝)社長は、私が(全面撤退はダメだと)言ったときに、『いやいや、別に撤退という意味ではないんだ』ということを言った」として、「全面撤退否定」を断言したとしている。

 その1週間後(23.4.25)は、「『引き揚げられてもらっては困るんじゃないか』と言ったら、『いやいや、そういうことではありません』と言って」となり、続く5月2日には「『どうなんだ』と言ったら『いやいや、そういうつもりはないけれども』という話だった」と、微妙な変化を見せている。しかし、全面撤退否定に変りはない。

 ところが約1年後(24.4.3)では、「私が(全面撤退はダメだと)言ったときに『そんなことは言っていませんよ』なんて反論は一切なかった。やはり(全面撤退を)思っていたんだなと思う」となっている。見事に証言が反転していることを証明している。

 阿比留氏が慰安婦の証言をはじめとした検証に長けているのは、過去に延べ100人近い戦没者遺族を取材して「人は自分自身の体験を語る場合でも記憶はあいまいで、他の人の言葉や証言との混同は珍しくない。

 さらに、記憶はときに美化されていたり、全くなかったことを覚えていたりする」ので、「当事者の証言だからと、とても信用できたものではない」と痛感していたからであろう。

 民主党政権の福島原発事故対応は、国民の批判を招いた。閣僚や首相補佐官などで事故に関わった人物たちが競って武勇伝みたいなものを上梓したが、調書や著書には、結果が分かっている状況に近づける発言や記述が知らず知らずの間に捻じ込まれ、辻褄を合わせているに違いない。よほど注意して読み解かないといけない。