タイの華人社会がタクシンの運動にどの程度関与しているかについて、十分な情報はない。特に、客家人がどの程度赤シャツを着ているのか、客家以外の華人社会がどの程度タクシンを支持しているのかについては、個人的にも強い興味がある。

改革を目指す客家人

赤シャツ隊が議事堂突入、副首相ら軍ヘリで脱出

通称・赤シャツ隊と呼ばれるタクシン派。その赤シャツ隊が今年4月国会を占拠した〔AFPBB News

 タクシンの金権腐敗体質を批判する声は根強い。しかし、タイの軍部と高級官僚を中心とするエリート層の腐敗にだって底知れぬ闇がある。そもそも、東南アジアの富裕エリート層で不正腐敗が少ないのは、シンガポールぐらいではないか。

 興味深いことに、タクシンはそのシンガポールのリー・クアンユーを政治家として尊敬していると公言する。同じ客家人ということもあろうが、両者に共通するのは不条理な現実を自らの手で改革しようという強い意志と気概であるかもしれない。

 タクシンが目指したのはタイの古い統治システムに抜本的メスを入れ、真の民主主義を確立することだったが、この試みは道半ばにして挫折しつつある。その意味で、タクシンが「もう少し人の話を聞き、倫理観を持っていれば」という識者の批判は正しい。

客家陰謀論を排す

李台湾前総統、「日本は靖国問題であまりに弱腰」

台湾の李登輝・元総統も客家人の1人である〔AFPBB News

 タクシンには、客家の世界的ネットワークを通じてシンガポールや米国などと結託し巨利を貪っているといった「客家陰謀論」的批判がある。

 確かに、客家といえば、シンガポールのリー・クアンユー一族だけでなく、台湾の李登輝・元総統やフィリピンの故コラソン・アキノ大統領もそうだ。

 歴史を遡れば、古くは太平天国の乱を起こした洪秀全から、国民党の孫文や宋姉妹、中国共産党の朱徳、鄧小平、葉剣英に至るまで皆客家人だと言われる。

 ネット上では、客家人に「アジアのユダヤ人」などと不思議なレッテルを張る向きすらある。

 確かに、どこに行っても少数派の客家は常に差別される(だから「客人」と呼ばれる)。自己防衛のため一族は助け合い、堅い規律の下に団結し、その団結が新たな偏見と差別を生む。

 かくして客家人は生き延びるために、時には権力に迎合し、ある時は権力と闘う。戦うべき時が来るまでは、教育を重視し、商業に特化して、生き延びる努力を一日たりとも怠らないのである。

客家はユダヤか

 このような境遇は何もユダヤ人や客家人の専売特許ではない。ちょっと中東に目をやれば、パレスチナ人、アルメニア人、クルド人など、この種の「悲劇の民」の話は掃いて捨てるほどある。

 「客家はアジアのユダヤ人」などと言う連中に限って、本当のユダヤ系社会を見た者はいない。そもそも客家人は、欧州ユダヤ社会のように、国際的かつ組織的な民族絶滅計画の恐怖に直面したことなどないはずだ。

 「客家=ユダヤ」などと吹聴するのは、本当のユダヤ人たちに対して実に失礼千万な話である。