店の中をぐるぐると歩き回っているうちに、これはもしかしたらとんでもないことが起きるのではないかという予感がしてきた。日本海に面した東北の港町、山形県酒田市の中心市街地で、一度は店をたたむことが決まった百貨店が「奇跡的」とも言える復活を遂げそうな気配なのだ。

 日本の地方都市の中心市街地が空洞化し、衰退している。自動車社会の進展に伴い、各地で郊外に大型ショッピングセンターが建てられたことが原因の1つだと言われる。客をつなぎとめられなかった商店街は、どこもかしこもシャッター通りと化していった。

 地方都市にある百貨店も、息絶え絶えの状態である。長引く景気低迷や消費の多様化などの影響で、百貨店そのものに消費者が足を運ばなくなっている。日本百貨店協会の発表によれば、2011年の全国百貨店売上高は6兆1525億円で、15年連続して前年実績を下回っている。実際に、毎年のように地方都市の百貨店が閉店するニュースを耳にする。

中心市街地を破壊させるわけにはいかない

 山形県酒田市でもその現象が起きていた。

 市役所のすぐそばにある中町商店街に、百貨店「清水屋」が開業したのは1978年のことだ。その後、94年にダイエーグループの百貨店運営会社、中合(なかごう:本社福島市)と合併し、「中合清水屋」として営業を続けてきた。

庄内地方唯一の百貨店「マリーン5清水屋」

 中合清水屋の業績を悪化させた大きな要因は、やはり郊外のショッピングセンターだった。酒田市郊外には、94年に大型ショッピングセンター「ジャスコ(現イオン)酒田南店」が、2001年には「イオンモール三川店」が開業した。いずれも1000台以上の自動車を収容する無料の大駐車場を備えている。

 中合清水屋の売り上げは、97年度の53億円をピークに減少の一途をたどった。2010年2月期の売り上げは前年比9.9%減の25億6000万円だった。ピーク時の半分以下である。2005年度以降は毎年赤字だった。

 とどめを刺したのはリーマン・ショック後の不況である。2011年1月、中合はついに今後の経営回復の見込みは立たないと判断し、2012年2月いっぱいで営業を終了すると発表した。

 デパートは取り壊される。周辺の商店街はシャッター通りと化し、人気のない、うすら寒い中心市街地になる。全国の他の地方都市と同じように・・・。酒田市民は誰もがそう思った。

 だが、事態は思わぬ方向へ進んだ。

 「百貨店はつぶさない」と立ち上がった人がいた。中合清水屋が入居していたビルの管理会社、マリーン5の社長、成澤五一氏である。成澤氏は「中心市街地を破壊させるわけにはいかない」と、百貨店の営業継続に乗り出した。