どこまで厳しく行うべき? 日本のBSE検査

BSE沈静化の中での不安の種(後篇)

2012.10.19(Fri)漆原 次郎

──もし、全頭検査や輸入規制によって日本の消費者の不安が和らぐのであれば、たとえ税金がかかったり、牛肉の価格が高かったりしても、消費者が“納得ずく”だから仕方ないとも考えられそうですが。

吉川 そうは言えません。なぜなら、感染症の規制とは変動させるべきものだからです。

 感染症ではない規制、例えば化学物質の規制については、いったん「何ppm以下とする」と値を決めたら、それを続ければよいのです。しかし、感染症については、対策で後手に回ると流行が拡大していきますし、対策が奏功すれば縮小していくものです。

 はじめは予防原則によって、規制の度合を高めておくことは重要です。その後、検証をして規制の効果が見られれば、今回の食品安全委員会のように、規制を緩和してよいという評価をしなければなりません。

 感染症は、次々と起きるものです。高いハードルにしたままでは社会が潰れてしまいます。社会を持続させるためのリスク管理により社会が滅びるといったことになりかねません。

 日本は、感染症を封じ込める高い技術を持っていることはお話しした通りです。ところが、規制を緩める方はとても下手なのです。それは、日本が責任社会になっていないからです。行政も科学者も消費者も、誰も責任を取りたがりません。

「1億人中の3人」でも「3人中の1人」を考えてしまう

──人体への影響として、BSE感染牛の肉を食べることで、致死性の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病というプリオン病を発症するというリスクが挙げられます。このリスクが他の生活上のリスクと比べてどのくらいのものなのかを消費者が知ることが、不安解消につながるのではないでしょうか?

吉川 「BSEの健康被害のリスクより、私が飛行機で帰るとき墜落事故に遭うリスクの方がはるかに高い」とは、海外から自国の牛肉の安全性を説明しにきた担当者の言葉です。

 しかし、リスクは単純に死亡確率だけでなく、リスクの内容に関する不安感や不条理感も伴うために複雑です。

 私は、厚生労働省の研究費で、動物由来感染症のリスク管理のあり方について研究をしてきました。91種類の動物由来感染症について、重要度を付けるため、患者数の多さ、ヒト間の感染の有無、死亡率、診断や予防・治療法の有無などの計7つの因子を設定し、その情報を市民、医者、行政者などに示して評点してもらったのです。

 驚いたことに、重要度ポイントが最も高くなったのは伝達性海綿状脳症、つまりプリオン病でした。他の感染症に比べて、患者数がたいへん少ないにもかかわらず、一般市民や医者に至っては突出した高さでした。

──なぜそうなったのでしょう?

吉川 一般市民は、仮に患者が1億人中に3人出るくらいの病気だとしても、「自分がその3人のうちの1人になったら」というシナリオで考えるのです。人が罹(かか)るプリオン病についても、発症前の診断法も治療法もなく、そのうえ精神に異常をきたし、しかも致死的です。「自分が罹ったらどうしようもない」と考えるのでしょう。

 医者も、「プリオン病に罹った患者と接したら」というシナリオで考えます。治療法がなく、自分は何の手も打てない。患者は目の前で徐々に精神を荒廃させ、死亡する。そういう状況が医者として許せないのだと思います。

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