初めての経験は常に心理的敷居が高いものです。カラオケの1曲目は歌いづらいですし、処女や童貞を捨てたときの性行為も心理的敷居が高かったはずです。小学校の入学式、最初の受験、最初のソープランド、キャバクラといったように、「最初」というのは何事も躊躇が伴うものです。

 離婚といった人生最大の「損切り」もたいへん心理的敷居が高いものです。何しろ手続きが複雑で、心理的のみならず物理的にも面倒なものです。

 なぜ心理的敷居が高いのか、経済学や心理学の仮説を用いて説明していきます。

サンクコスト(埋没費用)

 ここで学んでいただきたい経済用語があります。「損切りの難しさ」を的確にとらえているものなのですが、その用語を「サンクコスト」(sunk cost)と呼びます。日本語では埋没費用と呼んでいます。

 このサンクコストの観点から、長い間夫婦生活を続けている人たちの間で最も普遍的に存在する「好きではないけれど、離婚はしたくない」理由について分析します。

 サンクコストを説明するときによく使われる例が、映画鑑賞です。例えば、次のような例です。

 「日曜日に1人で映画を観に行ったとします。1500円払いました。前評判が良くて観に来たものの、上映が始まってみると非常につまらない。途中で退席しようと思うようになりました。2時間上映で、30分経ったところとします。さて、どうすべきでしょうか?」

 途中で観るのをやめてしまったら1500円が無駄になりますので、このチケット代がサンクコストとなります。

 「損切り」できるかどうかが問題なのですが、席を立たない場合の結末は、1500円のためにつまらない映画を観て時間が無駄になった、なんでこんなつまらない映画を最後まで観てしまったのだろうという後悔とともに精神的なダメージを受ける可能性があります。

 それでは、いますぐにでも席を立ちたいものです。でも、他方で、前評判は良かったし、そのうち映画が急展開して面白くなるのではないかとも思ってしまいます。そう考えるとなかなか決断できないですね。