しかし、以前よりもこの壁は突破しやすくなっているのは確かだ。前述したように、ITの進展は、全国の学生自治会関係者に情報の共有を、それも世代を超えた共有をも可能にしているからだ。

 科学は、常に先人の業績を踏み台にした後進が、先人を超えることで進歩してきた。有名な数学界の難題であった、フェルマーの最終定理も同様である。360年にも及ぶ先人の蓄積があったからこそ、ワイルズはこの難題を解くことができたのである。

 「何ろくの最終定理」は、いつ解かれるのか? たぶん360年もかからない。現在の日本は、近いうちに終戦直後の価値観の崩壊に匹敵する精神の危機に陥る可能性がある。その時、「公共性」の定義は今とは違うことになるだろう。

 そんな時、「公共性」はどんな価値観で形成されるのだろうか? それに応じて自治会のあるべき姿は違ってくるはずだ。これが何氏の言う「公共性の再評価」であり、それこそが未来のあるべき大学自治会像を規定する。

 思い起こせば全学連も、終戦直後の価値観の崩壊をきっかけにして生まれた。全学連の崩壊も、戦後形成された「公共性」に対する価値観が変化するのについていけなかったからだとも言える。

 ならば全学連の崩壊は、これまでとは全く違った「新全学連」結成の端緒になるかも知れない。

 新全学連は事務所を持つとは限らない。本拠はクラウド上にあり、執行部すらないかもしれない。しかし、全国の自治会関係者が自分たちの経験やアイデアをネット上で共有し、それを他大学の誰かが、何年後かに活用し、新たなノウハウを付け足してクラウドにアップロードし、またそれを誰かが活用する。

 場合によっては海外の大学自治会関係者が日本のノウハウを学んだり、日本人には考えられないノウハウを提供してくれるかもしれない。そうなれば、自治会運営のノウハウは、時空も国境も超えて伝わることになるのではないか。

 そう言うと、何氏はこう答えた。

 「お隣の韓国で学費値上げ反対の学生デモが起きたのはつい昨年のことです。大学1~2年で学んだ韓国語を生かし、韓国の学生に話を聞きに行きたい。そう考えているところです。もちろん、その成果はウェブで共有できるといいですね」