今回の主題は、焼肉である。

 焼肉のルーツといえば、朝鮮半島に決まっているじゃないかと誰もが思うだろう。なのになぜ改めて取り上げるのか、という声が聞こえてきそうだ。

 私もこの連載を始めるまでは、焼肉のルーツに関心を持ったことはなかった。だが、この連載を始め、定期的に図書館に通い、食文化の書棚の前を頻繁に行き来するようになってから、ふと気づいたのである。

 焼肉をテーマにした本がけっこうあるんだな、と。

 考えてみれば、焼肉と韓国料理とはずいぶん違う。韓国料理の初体験がいつだったか、今となっては正確に思い出せないのだが、おそらくソウルオリンピック(1988年)からしばらく経った1990年代前半だったのではないか。

 ソウルオリンピックを機に新大久保のコリアンタウンがメディアで大きく取り上げられ、骨付きカルビや豚の三枚肉を焼くサムギョプサルなど、「本場」を謳った料理が次々と紹介された。脂身たっぷりの肉の塊。辛みと甘みが利いたパンチのある味つけ。これまで慣れ親しんできた日本の焼肉とは別物の印象を抱いたのは、私だけではないはずだ。

 ということは、日本の焼肉はどこかでルーツと袂を分かち、独自の道を歩むようになったことになる。では、一体どのような経緯をたどってそうなったのか。今回はその流れを追いかけてみたい。

戦後闇市のホルモン焼き起源説は本当か

 焼肉の発祥については、1つの決まった通説がある。敗戦後、在日朝鮮人によって考え出されたとするホルモン焼き起源説だ。

 明治時代、肉食が解禁されたものの、もっぱらすき焼きや西洋料理で用いられ、日本では直火で肉を焼く調理法は広まらなかった。明治時代から朝鮮料理屋が存在していたが、現在の焼肉屋とは形式が異なり、一部の金持ち向けの料亭だった。

 焼肉が注目されるのは敗戦後。食糧難に陥る中、かねて肉の利用法に長けていた在日朝鮮人が、日本人が食べずに捨てていた牛や豚の内臓を入手し、直火で焼いて食べさせる屋台を闇市で始め、人気を博した。このホルモン焼き屋が、後にロースやカルビなどの肉も取り入れ、現在の焼肉屋になっていったとする説だ。