4.新たな米軍戦略の骨格と特徴
(1)米国の基本スタンス――パクスアメリカーナへの未練
米国は、超大国の地位から降りることを納得するだろうか。ペンタゴンや国務省などの戦略策定担当者たちは、新戦略を検討するに当たり、現実としてもはや米国がパクスアメリカーナを維持できないことを知りつつも、なお過去の栄光を完全に排除することはできないだろう。
従来の手法のように、北大西洋条約機構(NATO)や日本の支援を受け、パクスアメリカーナを維持することに腐心するだろうが、やがて断念せざるを得ないだろう。
米国の新戦略を策定するうえで、自国の現状の国力――超大国なのか、大国の1つに過ぎないのか――を客観的に評価・認識することが、「あるべき戦略」を決める要件なのだが。
言い換えれば(1)引き続き、世界覇権の維持を目指すか、(2)世界覇権の維持を断念し、アジア覇権の維持のみを最優先目標として掲げるのか、ということだ。
2014年に発表されるはずの次のQDRで、米国が自国の立場をどのように認識して、記述するのか注目される。
(2)米国の乗ずべき中国のアキレス腱
中国は、資源を海外に求めざるを得ない。しかも、ヒマラヤ、新疆ウイグル自治区やモンゴルを経由して内陸正面から物資を搬出・搬入する量は限定的で、やはり主たる貿易は海洋に依存せざるを得ない。
海洋上の中国の生命線(シーレーン)は、3つある。第1のルートは、マラッカ海峡からインド洋経由で中近東・アフリカに到るもの。
第2のルートはパプアニューギニア周辺を通過してオーストラリアや南米に到るもの。ちなみに、このルートは、大東亜戦争において、日本(帝国陸海軍)が米国とオーストラリアを分断するために実施した「SF作戦」の方向と同じである。
「SF作戦」は、フィジー、サモアおよびニューカレドニアを占領することにより、南方戦線におけるオーストラリアの脅威を排除するとともに、米国(ハワイ諸島)とオーストラリアの間のシーレーンを遮断することでオーストラリアを孤立させ、同国をイギリス連邦から脱落させることを狙った作戦であった。
第3のルートは、琉球諸島正面から北米に到るもの。
第1のルートのチョークポイントはマラッカ海峡。第2のルートのそれはパプアニューギニア・マーシャル諸島・ソロモン諸島などの周辺海域。第3のルートの場合は沖縄・宮古海峡ではないだろうか。
米国としては、中国との有事に、かかるチョークポイントを制することができる体制を構築することを目指すと思われる。
(3)新たな陣立て(ニュートランスフォーメーション)をするうえでの考慮要件
中国は「Anti-Access(接近阻止)/Area-Denial(領域拒否):A2AD」という海洋戦略を掲げている。
この戦略は、遠方から来る敵を防衛線内に入れさせず(接近阻止)、防衛線を突破されてもその内側で敵に自由な行動を許さない(領域拒否)というコンセプトである。
さらに言えば、この防衛線内に存在する既存の米軍基地に対しては、米国の戦闘機が基地から飛び立つ前に弾道ミサイルで敵基地(在日米軍基地)の滑走路などを先制攻撃する軍事ドクトリンを新たに取り入れたと報じられた(6月20日付読売)。
このような状況で米軍が緒戦に生き残るためには、次の点が重要になる。
(i)中国との間合いを従来以上に離隔させ弾道ミサイルの射程外(約1850キロと推定)に出ることが望ましく、ミサイルの奇襲攻撃に対処(ミサイル迎撃ミサイルなど)できるようにする。
(ii)広域に分散すること。
(iii)ミサイルからの被害を局限するための抗堪化や、滑走路の被害復旧能力の強化。
(4)重視地域
上記(2)の分析のように、今後米国はオーストラリアと太平洋諸島(パプアニューギニア、マーシャル諸島、ソロモン諸島など)を従来以上に重視し、軍事的な配備を強化することだろう。
特に、オーストラリアは上記の3ルートのいずれにも扼する(対処する)ことができる位置にあり、今後オーストラリアの戦略的価値は米国にとって極めて重要なものになることだろう。
(5)二重包囲網の形成
中国は、太平洋正面への進出目標線として、第1列島線(九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島に至るライン)および第2列島線(伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るライン)を挙げている。
米国は、今後これに対抗して、従来の日本・韓国・台湾・フィリピンのラインに加え、グアム・マーシャル諸島・ソロモン諸島・オーストラリアを連ねるもう1つの防衛ラインを設けて、中国を二重に封じ込める新たな陣立て(ニュートランスフォーメーション)を構成するものと予想する。
米国が、将来、戦力の逓減具合が大幅で、中国の相対的戦力が第1列島線付近で劣勢になると認めた場合は、第1列島線の防衛を放棄し、グアム・マーシャル諸島・ソロモン諸島・オーストラリアを連ねるもう1つの防衛ラインまで後退する可能性もあろう。
このことは、日本が米国の防衛線から切り捨てられることを意味する。
(6)軍事インフラ建設のための財政措置
今後は、沖縄の第3海兵遠征軍司令部、第3海兵師団など8000人をグアムに移転する際に、日本が財政負担をするような「ウマイ話」はないだろう。
従って、米軍の新たな展開基地は、関係国の既存の軍事基地のほかに、民間施設(空港・港湾)を最大限活用するという方針になるだろう。