100分の1秒を争う男子100メートル走で、ジャマイカのウサイン・ボルト選手が自身の持つ世界記録を一挙に10分の1秒以上縮めて世界中の話題をさらった。片や、ウォール街をにぎわしているのは、「100分の3秒」をめぐる新旧取引所の暗闘だ。
火種となったのは「フラッシュトレード(超高速取引)」と呼ばれる電子取引。3年前に本格的に導入されて以来、ほとんど問題視されていなかった取引手法が、この夏、忽然と悪者として俎上に載せられた。
「チラ見せ」サービスで客寄せ
株式の現物取引をめぐる米国のプラットフォームは、ニューヨーク証券取引所(NYSE)を筆頭に、ハイテク銘柄を中心に扱うナスダック市場、地方取引所、ネットワーク上で売買を成立させるだけの準取引所などが乱立している。
取引の場が増えれば、同一銘柄の株価に差が生じやすく、公正取引の維持が困難になる。このため、米証券取引委員会(SEC)は「ナショナル・マーケット・システム(NMS)」という共通基盤を構築し、米国内取引所の全上場銘柄について手口情報を原則公開している。
その結果、企業は1つの取引所に株式を上場すれば、全米での取引が実質的に可能になり、上場維持コストを節約できる。一方、投資家も地理的な制約をほとんど受けることなく、透明性が確保された取引に参加できる。米資本主義を支える重要な要素であり、日本にはない仕組みだ。
上場銘柄で差別化できなくなると、各取引所は、手数料やブローカーへの情報提供でサービス拡充競争に入った。その過程で生まれたのが超高速取引だ。各取引所は寄せられた売買注文の情報をNMSに転送する義務を負うが、一定の手数料を支払ったブローカーには、NMSに送る直前の100分の3秒間だけ早く注文情報を知らせる「チラ見せ」を考案した。
高速アスリートではない一般人にとっては、「100分の3秒」は意味のない時間に思える。しかし、高性能サーバーと自動的に効率的な売買判断を下すアルゴリズム(演算手法)があれば話は別だ。ブローカーは、その僅かな時間で大量の情報を処理し、真っ先に注文を入れて、利益を得ることができる。
いささか反則気味とも思えるが、SECが容認したため、ECN(電子取引ネットワーク)と呼ばれる準取引所を中心にフラッシュトレード提供が始まり、ECNが既存取引所を脅かす存在に成長する原動力となった。
特ダネの裏にシナリオあり?
問題は、システム投資には莫大なカネがかかるということだ。
つまり、超高速取引の恩恵を受けるのは、資本も人材も豊富な大手ブローカーやヘッジファンドなどに限られているのが実情で、これが今回の騒動を引き起こすことになった。