10日付(ネット上掲載は現地時間9日深夜)の英紙デイリー・テレグラフは、「英国は日本型の失われた10年に陥るリスクありとイングランド銀行は警告するだろう(UK risks a Japan-style lost decade, BoE will warn)」と題した記事を掲載。6日の金融政策委員会(MPC)で同行が市場の予想していなかった資産購入プログラムの500億ポンド上積み(量的緩和の大幅拡大)を決定した背後には、日本の「失われた10年」のような構造不況に英国が陥ってしまうことへの警戒感がある、と報じた(MPCの決定については、「英は予想外の『安全運転』で量的緩和拡大」参照)。ちなみに、デイリー・テレグラフは、英国の一般紙および経済紙の中では、最も販売部数が多いとされる、保守系の新聞である。

 デイリー・テレグラフによると、イングランド銀行は12日に発表する四半期インフレ報告で、英国が債務デフレの罠に陥ってしまうリスクが量的緩和拡大を決めた主な理由の1つだと示すことになり、キング総裁は量的緩和をさらに拡大する可能性を排除しないだろう、という。

 同紙はさらに、元MPC委員で現在はヘッジファンドを運営しているワドワニ氏のコメントを掲載した。ワドワニ氏の見解は、次のようなものである。英国はいま1990年代の日本と同じ道筋をたどっているだけの話だ。おそらく3~4四半期にわたってかなりの景気のリバウンドが起きるという意味でリセッションは終わり、人々は物事が正常になるだろうと考えているが、景気のリバウンドは一時的な要因、例えば在庫取り崩しから在庫補填への局面変化(在庫調整の進捗)、自動車の買い替え需要、付加価値税率引き下げによって実現している。10年後半の英国経済は2009年よりも厳しいものになるだろう。財政は大幅な緊縮となり、付加価値税率引き下げは終了し、世界経済全体はその時点では減速しているだろう。経済を押し下げる出来事がいくつか、同時に起きるだろう。

 これは、いわゆる「二番底」シナリオであり、日本や米国について筆者が掲げているものと共通している。在庫調整一巡や各種景気刺激策の生産押し上げ効果に時限性があるという点に加え、ワドワニ氏の場合は財政緊縮を「二番底」シナリオの主要素の1つに挙げている点が目新しい。日本の経験でもそうだったが、大型の財政出動を行った後には、政府が能動的に財政緊縮を志向しなくても、上積みした公共事業など各種事業の効果出尽くしや減税措置の期限終了によって、現実問題としていわば受動的に、財政面から景気に対して抑制効果が及ぶことになる。さらに英国の場合、5月にS&Pが現在AAAとなっている英国債の格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた上で、総選挙後に誕生する次の政権が中期的に英国の債務を減らすことができないと判断されれば格下げを行うと警告した、という切迫した事情がある。

 「日本の経験が教訓になっている」「(90年代の)日本でも現在と同じ不良債権問題があった。教訓は、迅速かつ断固たる対応が不可欠だということだ」。昨年10月14日、英国のブラウン首相がこのように述べて、公的資金活用などの英国の金融危機対策は日本の教訓を参考にしたものだと強調したことがあった。英国についてはどうやら、政府・中央銀行ともに、日本の前例をしっかり生かしているということのようである。

 しかし、「現実のカベ」は厚い。英国の場合、構造不況をしっかり乗り越えるまで財政面からの景気刺激を続けようとすれば、中長期的な債務削減の見通しが立ってこないとして、国債の格付け引き下げが現実になってしまう。かといって、総選挙後の新政権が財政緊縮を前面に出せば、景気悪化に拍車をかけることになってしまう。また、金融政策の面でも、アグレッシブな措置を実行するということと、実際に景気・物価・金融面で効果が出てくるかどうかということとは、別問題である。日本の場合、ゼロ金利や量的緩和を実行しても、それが構造不況脱出の切り札になるということはなく、景気刺激や物価押し上げの面でも、効果は確認できなかった。

 米国のオバマ大統領は今年2月9日の記者会見で「大胆で迅速な行動を欠いた結果、日本は『失われた10年』に陥った」と発言し、7870億ドルの大型景気対策を早期に実現した。しかしその米国も、国債過剰供給や国債格下げ懸念といった問題を抱え込んでしまい、英国と同様に、さらなる財政出動は難しい情勢である。米国は、1四半期に1000億ドルといったペースで、財政出動をいわば平準化することで、財政面からの景気への影響に「断層」が生じないよう配慮しながら、「持久戦」を戦っているにすぎない。

 構造不況の重さと、政策運営の手詰まり感。そこから導き出されるのは景気の「二番底」であり、デフレ懸念の強まりである。生産関連指標の上昇にもっぱら着目した株高・債券安の局面が一巡した後で、債券は急速に買い進まれ、長期金利は低下余地を模索することになるだろうと、筆者は引き続き予想している。