子どものやる気をいかに引き出すのか?

 夏休みも終わりに近づき、親も、教員も、それに塾の講師たちも、ひたすらこの問題に頭を悩ませているのではないだろうか。もしかすると、当の子どもたち自身も悩んでいるかもしれない。

 私の妻は小学校の教員をしているが、本当にあの手この手を尽くして授業を盛り上げていかないと、大半の子どもは学習意欲を見せないそうである。

 また、担任をしている子どもたちのやる気は引き出せても、自分の息子や娘には手を焼いている先生も少なくないという。

 「本当にね、傍につきっきりで見てやらないと勉強しないんだから。あなたのうちの子は例外中の例外なのよ」

 夏休みに入ったばかりの頃に、妻が同僚の女性教員から愚痴を聞かされたといって教えてくれたのだが、確かに中2の息子は私たちがあれこれ言わなくても勉強しているようである。しかし、それは彼が自らの必要から勝手にしていることであって、われわれ夫婦に特別な教育方針などありはしない。

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 『ほんとうの教育者はと問われて』(朝日選書)という本がある。

 これは1968年11月から70年12月まで、大学闘争の最中に朝日新聞に連載されたコラムをまとめたもので、同じ題の下、各界の著名人107人が様々な教育者像を語っている。現在は版が切れているようだが、長年読み継がれてきた本なので、記憶にある方もいるのではないだろうか。

 私は大学生の時に古本屋で見つけて、著名人たちの名前を覚えるのに便利そうだという不純な動機から購入したところ、予想外に面白かった。もっとも、ずっと読み返さずにいて、先日ふと思い立って頁を繰ってみたのだが、やはり興味を引かれる文章が幾つもある中で、一際異彩を放っていたのは渡辺一夫*1だった。

 <このような質問が出される理由は、私にもわからないでもないつもりですが、自分の健康のことは一向に考えず自堕落な生活をしている人間から、不老長寿の妙薬があったら酒にまぜて飲ませてくれと頼まれるような気持ちにならないこともありません。

 「真の教育者とは?」とたずねると同時に、あるいはそれよりも先に、「自分は教えられ育てられねばならぬと覚悟している人々が、どのくらいいるか?」という平凡極まる問いが出されてほしいとすら思っています。>

 という皮肉たっぷりの書き出しを読んだところで、それまで布団に寝そべっていた私は慌てて机に向かった。

*1=渡辺一夫(わたなべ・かずお、1901~1975)
フランス文学者、東京大学名誉教授。フランソワ・ラブレーの人と作品、およびヨーロッパの16世紀を生き抜いたエラスムスやカルヴァン等の人物についての研究で知られる。代表作に、ラブレー作『ガルガンチュワとパンタグリュエル』の邦訳、『フランス・ルネサンスの人々』などがある。