2002年10月、オーストリアのウィーン国立歌劇場で、トルコ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、オーストリアの欧州連合(EU)5カ国の代表は、ジュゼッペ・ヴェルディの「ナブッコ」というオペラを鑑賞していた。
ナブッコは4幕の長いオペラで、紀元前6世紀を舞台にしたロマンチックなストリーである。その世界に憧れたのだろうか。5カ国代表は、新たに建設しようとする天然ガスパイプラインに「ナブッコ」という名前をつけた。
ナブッコは、カスピ海沿岸の天然ガスを南欧へ供給する。トルコのエルズルムから南オーストリアの天然ガス中継地、バウムガルテン・アン・デル・マルチまでの3300キロメートルを結ぶ大パイプラインである。ロシアを迂回して、トルコ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、オーストリアの5カ国を通過する。建設予算は約80億ユーロに達する。
欧州は消費する天然ガスの約40%をロシアへ依存している。ナブッコの建設は、その依存度を減らす狙いがあった。ブッシュ政権の米国が強い関心を持っていたのはそのためであった。オバマ大統領になっても、ナブッコへの関心は変わらない。
ガス供給源がいまだ確定せず
ナブッコを建設しようというプロジェクトは2002年に始まったのだが、スムーズに話が進まなかった。2009年7月13日になって、ようやくブリュッセルで5カ国が政府間協定を結んだのである。
その式典には、5カ国の首脳と米国のルーガー上院議員が参加した。ロシアにとって決して歓迎すべきパイプラインではないが、ロシアの対応は冷静であった。
ロシアの専門家は、ナブッコがロシアにとって恐れるほどの脅威ではないと見ている。なにしろナブッコは2014年に操業開始するはずなのに、不確定要素がまだまだ山ほど残っている。ロシアの専門家は、操業開始は早くとも2018~2020年になるだろうと見ている。
そもそも、パイプラインにどこからのガスを入れるのかがはっきりしていない。ナブッコは年間310億立方メートルの天然ガスを輸送する計画だ。そのうち、80億立方メートルをアゼルバイジャンが、100億立方メートルをトルクメニスタンが供給源になることを約束している。また、エジプトも30億~50億立方メートルを供給できるかもしれないと言っている。だが、そのほかの供給源は不明である。
イラクの首相はナブッコに150億立方メートルを供給する構えがあると声明を出した。しかし、たとえ米軍がイラクから撤退した後でも、安定供給の能力があるかは疑問だ。
日本政府筋の表現を借りれば、供給源が未確保であることが、ナブッコの「致命的弱点」ということになる。