「女性が等身大の思いを注ぎ込める対象だった」
──堀江貴文さんや西村博之さんなどとも接触してビジネスの相談をしていた、というお話もありました。
安田:そうです。IT系の事業に興味を持っていたようです。このあたりは、CGに興味を持った感覚とどこか似ているかもしれません。IT長者はこの時代の先端的な存在でした。やはり流行に敏感だったのだと思います。
──2008年12月24日に、自宅マンションで亡くなっているのが知人によって発見されます。飯島さんの最後とはどのようなものだったのでしょうか?
安田:発見されたのは24日でしたが、死後数日経っていたので、はっきりといつ亡くなったのかは定かではありません。クリスマスイブにこうした形で報じられることには独特の悲劇性を感じます。
彼女は当時「ポルノホスピタル」という大人のおもちゃを売るネットショップをオープンさせる直前でした。女性向けのかっこいいポルノショップという立ち位置を目指していたようです。その後、女性向けのプレジャーグッズを売る『iroha』という会社が出ますが、そうしたものに先駆けた存在だったと思います。エロショップは「オヤジのかっこわるいもの」というイメージを払拭したかったのだと思います。
──飯島さんの人生と、彼女を通して見る90年代から、安田さんはどんなことをお感じになりましたか?
安田:私は今回、自分の意見や分析をほとんど書かず、飯島さんに関するさまざまな報道や彼女の出演したもの、関わったものなどを調べてこの本で書きました。その中で感じたのは、女性の扱われ方が時代の中で大きく変わったということです。
最も象徴的に感じたのが、飯島さんが『ギルガメッシュないと』を卒業するときに「もう私おばさんだから」と言ったことです。彼女はまだ22歳でした。当時は22歳がおばさん扱いでした。
彼女はこの時に、自分の作詞で『Dear 女子高生』という曲をリリースしているのですが、その中にも「お願い彼をとらないで」「甘え上手なその仕草におねえさんかなわない」「水をはじくその素肌におねえさん負けそう」などのフレーズがあります。
とにかく女性において若さが重要視される時代でした。飯島さんは36歳で亡くなりましたが、当時のエッセイを読むと、30歳を越えたときにも、その事実を強く嚙みしめている印象があります。
──飯島さんはカラっとしている印象が強かったですが、この本を読んで、こんなに悩んで先のビジョンを必死に模索していたのだと驚きました。
安田:そのあたりが女性に支持された部分でもあると思います。迷っている姿勢も含めて女性たちが等身大の思いを注ぎ込める対象だったのではないでしょうか。
安田 理央(やすだ・りお)
ライター、アダルトメディア研究家
1967年埼玉県生まれ。美学校考現学研究室卒。主にアダルト産業をテーマに執筆。特にエロとデジタルメディアの関わりや、アダルトメディアの歴史の研究をライフワークとしている。 AV監督やカメラマン、漫画原作者、イベント司会者などとしても活動。主な著書に『痴女の誕生―アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕生―大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』『日本エロ本全史』 (以上、太田出版)、『AV女優、のち』(KADOKAWA)、『ヘアヌードの誕生 芸術と猥褻のはざまで陰毛は揺れる』(イーストプレス)、『日本AV全史』(ケンエレブックス)、『エロメディア大全』(三才ブックス)などがある。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。