2009年に行われた飯島愛さんのお別れ会(写真:共同通信社)
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 2008年12月24日のクリスマスイブに、タレントだった飯島愛さんの遺体が自宅で発見された。十代にアダルトビデオ女優としてデビューし、不可能と考えられてきたAV女優からタレントへの転身を見事に遂げた人気タレントは、やや不可解な形で芸能界を去り、若くして亡くなった。彼女はどのように90年代を駆け抜け、何をしようとしていたのか。『飯島愛のいた時代』(太田出版)を上梓した安田理央氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──飯島愛さんのAVデビュー作『激射の女神』について書かれています。これはどのような作品ですか?

安田理央氏(以下、安田):90年代のAV作品はドラマ仕立てにしているものの、ものすごくチープで基本的には面白くありません。とはいえ、飯島愛さんはかわいいし、思っていたよりちゃんと演技もしています。作品の中で男優が彼女を笑わせようとするのですが、そうすると、飯島さんは役柄を忘れて素で笑ってしまう。そうした瞬間に、普通の女の子の表情が見られます。

 飯島さんは、それほどAVの仕事にやる気はないけれど、ニューヨークに留学する資金を作るためにAVに出演したと当時インタビューで語っています。

 結果的に『激射の女神』はとても売れたのですが、これは彼女がお色気系深夜番組『ギルガメッシュないと』(1991年-1998年 テレビ東京)に出演して注目されたことが要因です。

 当時の彼女の説明によれば、彼女は先にAV作品に出演しており、プロモーションも兼ねて『ギルガメッシュないと』に出演した。そうしたら、番組でとても人気が出たので、ビデオがとても売れたそうです。まずテレビの印象が先にありますから、芸能人がAVに出たという受け止められ方をしたのだと思います。

 AVは売り上げの数字が公表されないので、どれぐらい売れたかは定かではありませんが、当時のビデオ屋の貸し出しランキングでは上位を独占しており、さまざまな媒体でも売り上げ1位として紹介されています。

──飯島さんは、撮影現場ではかなり態度が悪かったというエピソードも書かれています。

安田:遅刻してきたくせに早く帰りたがる。全くやる気がないわけです。通常、AVの撮影現場では、女優が機嫌を損ねると作品の出来に影響しますから、現場で女優はお姫様扱いされます。中でも人気があった飯島さんに現場は特に気を使っていたようです。テレビで売れたので、彼女の所属プロダクションもそうした姿勢で構わないと判断していました。

 80年代後半あたりから、AV女優もタレントになれるという幻想がありましたが、その中でも飯島さんがあれほど注目されたのは、彼女が「ギャル」というスタイルで人前に出てきたことが珍しくて面白がられた、という理由があったと思います。

 茶髪で日焼けしている女性がAV作品に出演することは当時あり得ないことでした。実は、彼女は当初、清楚なファッションで写真集も出していますが、今思えば、結果的にはギャルっぽいファッションでAVに登場したことが新鮮だったのだと思います。

──本書の中で、飯島愛さんと安室奈美恵さんのコギャル像を比較されています。