地政学リスクの高まりで問われる「責任ある撤退」

 紛争地域・高リスク地域における企業の人権対応に関するセッションでは、「深刻な人権侵害が続き、情報が錯綜する中、企業や投資家はいつどのように事業から手を引くべきか」という難しい判断について議論された。

 OHCHR(国際連合人権高等弁務官事務所)が2023年に公表したポジションペーパーでは、「エンゲージメント・オーバー・ディスエンゲージメント(早計な事業撤退や取引停止ではなく、現地に留まり状況改善を図るべきであること)」が基本スタンスとして示されている。

 しかし、国家間の制裁などを背景に撤退が避けられないケースもある。この際、企業経営者は撤退を「単なる一点の決断」ではなく、「自社の撤退と、それに伴う影響に従業員や地域社会、取引先が備えられる状態を確保するプロセス」として捉えることが重要だとされた。

 企業が現地の人権侵害に間接的に関与してしまっていた場合は、完全な撤退後であってもその被害者に対する救済義務を負うという点は、日本企業を含むグローバル企業に突きつけられた重い指摘である。

 また今日では、自社が直接加害していなくとも、関連子会社やサプライヤーが深刻な人権侵害に関与していれば、親会社や投資家の責任が問われる。

 仏セメント大手ラファージュ社の事例がその象徴として言及された。同社はシリア内戦下で操業を継続する中で、子会社が武装勢力に支払いを行った疑いで訴追された。親会社も資金の流れや意思決定を把握していたとして責任を追及されたのだ。「子会社の判断」という抗弁はもはや通用しない。

 ミャンマーの情勢に関し、欧州ミャンマー商工会議所(EuroCham Myanmar)のテット・ゾウ・トゥエ氏は、「信頼できる現場情報の欠如」が企業にとって最大の課題だと強調した。インターネット遮断や道路封鎖等が頻発して現地の実態がブラックボックス化し、企業が人権に配慮した事業判断をする上で必要な情報を得ることができないことが、人権DDの大きな障壁となっている。