中国が猛反発する理由
劉:歴史を遡ると、中国にとっての台湾は1895年の日清戦争で日本に奪われた領土です。いずれ取り戻さなければならないと唱え、第2次世界大戦が終わった際には当時の中華民国政府が接収しました。ただ、中国国内でも内戦が起こり、共産党と対立していた国民党が台湾に撤退して中華民国政府を存続させ、結果として共産党は台湾を統一できなかった過去があります。
台湾を統一することが国の目標である中国にとって、他国が台湾問題に発言したり介入したりすれば、中国にとっては許しがたい「内政干渉」という話になるわけです。ましてや台湾は、かつて日本が植民地支配していた場所です。当時の宗主国だった日本が台湾問題に口を出せば、中国は欧米諸国が台湾に言及したとき以上に強い反発を覚えるでしょう。
高市首相(写真:つのだよしお/アフロ)
安田:中国共産党は、近代の列強の侵略と内戦で分裂状態だった中国大陸を統一したという「神話」を重視しています。毛沢東は大陸の全国統一を成し遂げたので偉い人、鄧小平は香港返還への道筋をつけたので偉い人、というわけですね。習近平氏が過去の指導者に匹敵するレガシーを得ようとするならば、残る台湾統一に前のめりになるのは当然です。実際にできるかはともかくとして。
結果、今回の高市発言を受けた習近平氏がツルの一声を発したことで、中国政府内の各部局が競い合うように、まるで文化祭の出し物を企画するように独自の対抗策を繰り出しています。日本行き団体旅行の停止や航空便の削減、さらに国際社会に向けてサンフランシスコ平和条約の無効論を主張したり、沖縄は日本ではないというメッセージを流したりと、ほとんど思いつきのようにバラバラとなんでもやっています。
劉:こうした日中関係が悪化した際に、よく他メディアの方に「中国の戦略は何か」と聞かれます。ただ私は「戦略がないことが問題なのだ」と答えています。
習近平氏は強硬に出よと号令するものの具体策は示さない。だから各部署が忖度し、いかに自分が忠誠を尽くしているかを競うように独自行動しているわけです。
日本政府関係者に取材しても、「中国のどの部署と話せばいいのか分からない」と困惑していました。日本だとひとまず外務省が窓口になってくれますし、政府の部門間で調整もしますが、中国は各部局が好き勝手に動くため、日本側も対応に戸惑っています。
中国当局が切っているカードは後から撤回可能なものばかりです。琉球の主権問題やサンフランシスコ平和条約無効論など、使い古しのカードを今さら持ち出しており、対外的な衝撃は考慮せず内向きの論理で動いています。
レアアースの輸出規制が出てくるという観測もありますが、米国との関係に深刻な影響を及ぼしかねないカードは現場も勝手には切れません(注:通関の現場で輸出許可の遅れが発生し始めているが、行政措置として正式な規制は行っていない)。要するに、現在中国が繰り出している制裁カードは大きく強烈に見えても、実際にはいつでも撤回できるものしか出していないのです。