不完全さの中にこそ光が宿る
金を蒔いた後に、磨くことでより美しい景色を作り上げる
こうした金継ぎの思想は、東洋思想や禅の精神にも通じている。
岡倉天心の『茶の本』や、ドイツの哲学者オイゲン・ヘリゲルによる『弓と禅』が西洋に日本の精神文化を伝えたように、金継ぎもまた“心の哲学”として世界で受け止められている。
「海外で“Kintsugi”の本を探すと、面白いことに多くが“セラピー本”なんです。塗り絵やマインドフルネス、心の再生をテーマにしたものが多い。中には“金継ぎノート”なんてものもあって、買ってみたら本ではなくただのノートだったこともありました」とナカムラさんは笑う。
数年前には、インドの著名なジャーナリストと「禅とは何か、金継ぎとは何か」を語り合ったことがあったという。その対話をきっかけに出版されたのが『日本でわたしも考えた』(白水社)だ。
「壊れたものに価値を見いだす日本人」という視点から、海外の眼で金継ぎを捉えた興味深い一冊である。
17世紀から18世紀にかけてオランダのデルフトを中心に製造された陶器製のタイル
いまや“Kintsugi”は小説や映画にも登場する。
「イタリアでは恋愛小説の主人公が金継ぎをしていたり、CMや商品名に“Kintsugi”が使われるほど浸透しています。“キンツグルー”という接着剤まであるんですよ」とナカムラさんは笑う。
インドではトラウマを乗り越える女性の物語に、ドイツでは“ひびと共に生きる”ことをテーマにした文学作品に、そしてフランスでは“ひび割れの地獄へようこそ”というホラー小説の題材にまで使われている。傷や欠けが、それぞれの文化の中で独自の意味を帯びて受け止められているのは興味深い。
「世界中でキンツギが新しい価値観を生んでいます」というナカムラクニオさん
映像を手がけるナカムラさんは、金継ぎの精神から“和解”を表現した映像作品にも挑んでいる。
紛争する国同士の器をつなぎ合わせた『金継ぎ PIECES IN HARMONY』は、日本の伝統技法を国際的な視点で再構築した作品だ。修復を超え、調和と希望の象徴として世界に発信されたこの作品は、2018年のADFEST(アジア太平洋広告祭)デザイン部門でシルバー賞を受賞している。
壊れたものをつなぎ、新たな景色を生む。それは単なる修復ではなく、希望の再構築でもある。金継ぎが教えてくれるのは、“欠け”を否定せず、“傷”を祝福するという生き方。不完全さの中にこそ光が宿る。そんな静かな真実なのだ。
プロフィール
ナカムラ クニオ 美術家、荻窪〈6次元〉主宰。2008年から金継ぎの普及活動をはじめ、アメリカ、ヨーロッパを中心に世界中でワークショップを開催。輪島のアトリエが被災したことから、陶磁器の金継ぎボランティアも行っている。映像作品『Kintsugi PIECES IN HARMONY』は、ADFEST 2018(第21回アジア太平洋広告祭)デザイン部門でシルバーを受賞。ドキュメンタリー映画「Kintsugi」はダマー国際映画祭、サンダンス国際映画祭で上映。現在、諏訪、輪島、珠洲でウルシの植樹活動を続けている。




