自動車関税の引き下げを断念
安倍とトランプが日米貿易協定の正式合意を交わすのは、19年9月25日である。
日本は牛肉など米国産の農畜産品関税をTPPと同等水準まで引き下げると決めた。
ただ、トランプはこの日米合意を「第1段階の協定」と位置づけた。オバマ時代に合意したTPPでは、米国が日本製の自動車や自動車部品の関税を段階的に引き下げるとしていた。
トランプはそれを拒んだ。日本はTPP並みに米国に譲歩したが、米国からTPP並みの自由化は得られなかったことを意味した。
日本側の説明では、自動車貿易は「第2段階の交渉に入った後に話し合う」ことになっていたが、トランプに日本製自動車の関税を引き下げる意思など全くなかった。
日米貿易交渉を第1段階と第2段階に切り分けたのは、日本製自動車の関税引き下げを棚上げするための方便にすぎなかった。
一方で、日本は為替条項を「第1段階の合意」から除外することに成功した。日本もトランプが第2段階の交渉に進むつもりはないことを十分に理解していた。
日本からすれば、自動車関税の引き下げを断念すると同時に、為替条項を日米交渉から葬り去った瞬間だった。
日米閣僚は、日米貿易協定が有効な間は「米国側が通商法232条に基づく自動車関税の発動をしない」ことでも合意していた。
トランプは日米協議の最中、日本製自動車に25%の追加関税を課すと脅していた。
安倍にとって日米貿易協定は、自動車関税の発動を避けるための苦しい交渉でもあった。
ライトハイザーは貿易協定の合意後に「自動車関税を発動することはない」と明言したが、それは第2次トランプ政権となった2025年に完全に反故にされた。
事実上の貿易協定違反であったが、日本側がそう反論することもなかった。
日米が貿易協定で合意した19年9月25日の円相場は1ドル=107円台だった。
トランプ政権発足後のドル円相場は110円前後でおおむね安定していた。
トランプと安倍の信頼関係が、為替相場の乱高下を防いでいた。




