為替問題に執念深く言及し続けた、米財務長官ムニューシン
「これからの貿易交渉では、どの国とも為替問題を協議していきます。日本を例外にすることはありません」。
ニューヨークでの日米首脳会談から1カ月後の2018年10月、私がインドネシア・バリ島で米財務長官のスティーブン・ムニューシンに会うと、彼はあっさりそう答えた。
ムニューシンはこのとき、日本と通貨協定を結んで貿易協定に「為替条項」という付属文書を加えようとしていた。
実際、トランプ政権はメキシコやカナダとの貿易協定に「為替介入を含む競争的な通貨切り下げを自制する」という協定文書を入れ込んでいた。
カナダドルやメキシコペソと異なり、円相場は投機に揺さぶられてきた歴史だ。
財務省高官は「為替介入が封じられかねない為替条項を日本が受け入れることだけは絶対にありえない」と反発した。
ムニューシン米財務長官(肩書きは2018年当時、写真:UPI/アフロ)
ムニューシンはゴールドマン・サックスに17年間在籍し、最後はパートナー(共同経営者)に上り詰めたウォール街の投資家である。
ゴールドマン退社後、ムニューシンは自らヘッジファンドを立ち上げ、映画制作など多彩なビジネスを展開していた。
16年の大統領選でトランプの財務責任者を務め、その功績を買われて財務長官として政権入りした。
多くの幹部がトランプと仲たがいして政権を去る中で、第1次政権下の4年の任期を務め切った数少ない閣僚だった。
トランプのような饒舌さは全くなく、記者との受け答えは常に実直で私の質問をはぐらかすこともなかった。
日米は19年4月15日に正式に貿易協定交渉を開始した。
私はその前日にもムニューシンとワシントンの国際通貨基金(IMF)本部内で会った。
そのときもムニューシンは「為替も日米交渉の議題となり、協定には通貨切り下げを自制する為替条項を含めることになる」と話した。通商協定は条約であり、法的拘束力が強い。
ムニューシンは為替条項の具体的な中身についても触れて「為替政策の透明化と競争的な通貨切り下げの自制を盛り込む」と主張した。米財務省の執念だと言えた。