2019年9月25日の日米首脳会談で貿易協定が締結された(写真:写真:AP/アフロ)
第1次トランプ政権期、日本は米国の強硬な通商圧力に直面した。CPTPPへの署名により高まる米国の不満、誇張された対日貿易赤字、為替条項を巡る米財務省の執拗な要求──。日本側が苦渋の交渉を続けるなかで、トランプと安倍の信頼関係が、為替相場の乱高下を防いでいた。(JBpress編集部)
(河浪武史、日本経済新聞社ワシントン支局長)
※本稿は『円ドル戦争40年秘史 なぜ円は最弱通貨になったのか』(河浪武史著、日本経済新聞出版)より一部抜粋・再編集したものです。
前編「安倍晋三はいかにしてトランプから信頼を勝ち得たのか?二人の距離を縮めた「金色のドライバー」と蜜月関係の始まり」より続く
第1次トランプ政権による強硬な貿易交渉
「米国はいまでも日本に対して1000億ドルの貿易赤字を抱えている。この1年、解決が進んでいない。シンゾーとは友人関係にあるが自分は不満だ」
1年2カ月後の18年4月、安倍が再びフロリダ州パームビーチに出向くと、トランプは貿易問題の解決の遅れに強い苛立ちをぶつけてきた。
安倍政権にとって麻生とペンスの日米経済対話は、トランプ主導で強硬な貿易政策を進めさせないための防波堤だった。
貿易交渉が進まないのは当然だった。米国は対日貿易で685億ドルの赤字を抱えているが、トランプは1000億ドルと誇張して日本を批判していた。
2018年4月17日、安倍首相が訪米した際のトランプ夫妻との夕食会の様子(写真:AP/アフロ)
ただ、日本側にもこれ以上の時間の先延ばしは難しいとの認識が広がっていた。
CPTPPへの署名が生んだ不協和音
トランプの別荘「マール・ア・ラーゴ」での日米首脳会談の1カ月半前、日本はオーストラリアやカナダ、シンガポールなど11カ国による包括的・先進的環太平洋連携協定(CPTPP)に署名した。
脱退した米国を除いて成立させた「11カ国版TPP」である。
オバマ政権が主導したTPP交渉は、日本が牛肉関税を38.5%から9%まで段階的に引き下げるなど農産品市場の開放を盛り込んでいた。
トランプのTPP離脱によって、日本の農産品市場はオーストラリアやカナダ、メキシコといった米国のライバル国だけに開放されることとなり、米農畜産団体からは強い不満が出ていた。
日本の外務省や経済産業省には、同盟関係にある米国と自由貿易協定(FTA)がないのはおかしいという声があった。
私もこの頃、在米大使館の首脳に意見を聞いたところ「もちろん異論はあるだろうが、私は日米間でなんらかの貿易協定を持つべきだと思う」と返ってきた。
安倍はマール・ア・ラーゴでの日米首脳会談で、トランプに対して貿易交渉入りの意思を示した上で「TPP基準以上の農畜産品市場の開放はしない」「安全保障と為替問題は別の枠組みで協議する」という原則を提示した。
強国である米国のペースで交渉が進まないよう、防衛ラインを明確に示して2国間の貿易交渉入りを受諾した。
