米・中・印のはざまで取る巧みなバランス

 一見すると、中国への投資拡大と、生産拠点としての脱中国は矛盾した動きに映る。

 しかし、これはアップルが米中という2大経済大国と、新たな生産拠点であるインドとの間で、いかに絶妙なバランスを取ろうとしているかを示している。

 米国に対しては、製造業の国内回帰を求める政権の意向に応じ、総額6000億ドル(約88兆円)という巨額の対米投資を約束。

 半導体から最終製品に至るサプライチェーンを国内で強化する姿勢を見せることで、政権との関係を維持している。

 一方で、世界最大のスマホ市場の一つである中国は、販売拠点として無視できない。今回の訪中は、巨大市場での売上を確保し、規制当局との関係を円滑にするための現実的な判断だ。

 スマホの出荷台数が伸び悩む中国市場において、政府の協力を得ることは事業継続の生命線となる。

 そして、生産面ではインドへのシフトを着実に進め、地政学的なリスクを分散する。この「全方位外交」ともいえる戦略こそが、アップルが世界的な緊張の高まりのなかでも成長を続けるしたたかさの源泉といえる。

綱渡り戦略の先に待つ新たな課題

 もっとも、このバランス戦略の先行きは盤石ではない。

 8月下旬、米政権はインドによるロシア産原油の購入などを理由に、インド製品に対して高率の関税を発動した。

 現時点でiPhoneなどの電子機器は対象外とされているが、米国の外交政策次第では、インドも不安定な生産拠点となりかねない。中国リスクを回避した先に、新たな地政学リスクが待ち受けていた形だ。

 中国国内でも、華為技術(ファーウェイ)など国内メーカーの追い上げは激しく、競争は厳しさを増している。今回のeSIM承認も、サービス利用には店舗での手続きが必要となるなど、全面解禁には至っていない。

 クックCEOの訪中は、米中対立の荒波を乗りこなすための一時的な戦術に過ぎないのかもしれない。

 根本的な対立構造が変わらない限り、アップルは今後も米中、そして米印のはざまで、難しい綱渡りを強いられることになりそうだ。

 (参考・関連記事)「ベール脱ぐ「iPhone 17」、インド生産加速 米の対印関税と交錯するサプライチェーン | JBpress (ジェイビープレス)