トランプ大統領のたった一言で核開発競争に逆戻りか
核軍縮の試みは、核実験の禁止と並行して核兵器保有を制限する形でも行われてきました。米ロによる1991年の戦略兵器削減条約(START: Strategic Arms Reduction Treaty)は2011年に新STARTに衣替えして現在に至り、両国の核兵器削減が大きく進みました。
しかし、トランプ氏は1期目の2019年、米ソの時代から続いた中距離核戦力全廃条約(INF: Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty)を一方的に破棄。2026年に期限切れとなる新STARTの存続も危ぶまれています。
こうした状況において、トランプ氏がなぜ核実験の再開を指示したのでしょうか。
SNSへの投稿でトランプ氏は、米国の核戦力を誇示した上で、「ロシアと中国が5年以内に追いついてくる」と述べ、自国の核開発が後れを取るかもしれないとの危機感を示しています。
SIPRIの報告によると、ロシアは1基のミサイルに搭載できる核弾頭の数を増やすなどの技術革新を進めています。2020年代末には、中国が大陸間弾道ミサイル(ICBM: Intercontinental Ballistic Missile)の数で米ロに追いつくとも分析しています。トランプ氏の発言には、米国が30年以上停止してきた核実験の再開に言及することで、中ロの動きをけん制する狙いがありそうです。
しかし、米国も自国の軍事戦略の中に核兵器の役割をしっかり組み込んできました。1994年から2022年まで5回にわたりまとめた「核体制の見直し」(NPR: Nuclear Posture Review)には、特定の国を対象にした核兵器使用の有事計画策定や地域紛争での低出力核兵器の使用などが盛り込まれています。
米国が核実験を再開すれば、ロシアや中国に核兵器開発を加速させる口実を与えることになりかねません。ロシアは1991年から核実験を停止してきましたが、プーチン大統領はトランプ発言を受けて、核実験再開の提案を作成するよう政府高官に指示しました。
長年積み重ねられてきた核実験のモラトリアム(猶予)が、米大統領の一言で一気に崩壊しかねない危機にさらされていると言えます。中国も自らは核実験を行わない姿勢を示した上で、米国に対しCTBTの義務を果たし、国際的な核軍縮・核不拡散体制を擁護する行動を取るよう求めています。
唯一の戦争被爆国である日本では、トランプ氏の発言に反発が広がっています。
日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は、核兵器不拡散条約(NPT: Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)に定められた核軍縮義務に逆行するとして、「(核実験再開は)とうてい許すことはできない」とする談話を発表しました。
しかし、日本政府はトランプ政権に追随する姿勢を強める一方です。高市早苗首相は韓国での日米首脳会談で、トランプ氏をノーベル平和賞に推薦する意向を伝えました。いま日本に求められるのはこうした「お世辞外交」ではなく、「核なき世界」に向け、核を保有する主要国の対立を緩和する役割ではないでしょうか。
西村 卓也(にしむら・たくや)
フリーランス記者。札幌市出身。早稲田大学卒業後、北海道新聞社へ。首相官邸キャップ、米ワシントン支局長、論説主幹などを歴任し、2023年からフリー。日本外国特派員協会会員。ワシントンの日本関連リサーチセンター“Asia Policy Point”シニアフェロー。「日本のいま」を世界に紹介するニュース&コメンタリー「J Update」(英文)を更新中。
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