2013年に発見された、小泉八雲が西田千太郎に宛てた手紙 写真/共同通信社
(鷹橋忍:ライター)
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』に、吉沢亮が演じる錦織友一が登場した。錦織友一のモデルとされる西田千太郎は、「出雲の三才人」の一人と称された優秀な人物で、主人公・松野トキの夫、レフカダ・ヘブンのモデルであるラフカディオ・ハーンの親友である。今回は、この西田千太郎をご紹介したい。
大盤石と呼ばれる
西田千太郎は文久2年(1862)9月18日、島根県松江市雑賀町で、松江藩足軽・西田平兵衛の長男として生まれた(池野誠『小泉八雲と松江 異色の文人に関する一論考』)。
慶応4年(1868)2月4日生まれの小泉セツより6歳年上、嘉永3年(1850)6月27日生まれのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)より、12歳年下となる。
同じ町で同じ身分に生まれた同世代の人物に、第25、28代内閣総理大臣となった若槻礼次郎(1866年3月21日~1949年11月20日)、法学博士、国際オリンピック委員となった岸清一(1867年8月3日~1933年10月29日)がいる。
西田千太郎は幼い頃から漢学を習い、平川祐弘監修『小泉八雲事典』によれば、明治6年(1873)4月に雑賀小学校に入学。明治8年(1875)9月には教員伝習校付属小学校に転校した。
明治9年(1876)9月には、教育伝習校変則中学科(明治10年に松江中学として独立。明治19年に島根県尋常中学校に改称)に入学する。
成績は、群を抜いて優秀だった。ずっと首席の座にあり、ドラマでも呼ばれていたように、「大盤石」と称されたという(池野誠『小泉八雲と松江 異色の文人に関する一論考』)。
明治13年(1880)9月には松江中学を退学するが、即日、同校の授業助手に任命され、5年ほど勤めることとなる。
明治17年(1884)には、安食クラという女性と結婚した。
翌明治18年(1885)には長女キンが誕生したが、西田千太郎は勉学への情熱を抑えきれず、東京での遊学を決意。
同年(1885)8月に退職し、上京した。
西田千太郎はアメリカ人のガーディナー、ストーラル、イギリス人のモリノーらについて英語を、地学と哲学は独習し、有賀長雄に心理学、イギリス人のデニングに論理学を学んだ。
翌明治19年(1886)5月には、心理学、論理学、経済学、教育学の文部省中等学校教員の検定試験に合格。免状を受けている。