米国との自由化合意を他の国に広げるという奥の手

羽生田:トランプ関税の影響についてはどうみていらっしゃいますか。

助川:ASEAN諸国が米国と関税交渉で合意しましたが、その内容は明らかでない点も多くあります。ベトナムやインドネシアは、米国に対してほぼ全品目について関税をゼロにすることを約束したとされていますが、例外品目があるような報道もあり、実際のところはよくわかりません。

 米国にだけほぼ全品目の関税撤廃を認めることは、FTA(自由貿易協定)という形をとらなければWTO協定違反となります。ベトナムやインドネシア市場で日本製品と米国製品が競合している場合には、日本製品が競争上不利となります。

羽生田:WTOの根本的な原則である最恵国待遇(MFN)、無差別というところをトランプ政権は土台から変えてしまっています。トランプ関税による競争条件の変化に対して、どのように対応すべきかは日本企業にとって重要な課題です。

 アパレルなどの一部産業では、こうした変化に機敏に対応して生産拠点を動かすことも可能かもしれませんが、化学など設備投資が大きな分野では難しいでしょう。

助川:現実には難しいだろうと思いつつも、私が考えているのは、各国が米国に対して認めた自由化約束を他のWTO加盟国に均霑(きんてん)する(編集注:同条件を与える)ことはできないかということです。

 どの国もWTO協定違反となることは望んでいませんし、WTOに訴えられる可能性もあります。そうであれば、米国との交渉結果を国際公共財のようにできないかということです。

羽生田:それは大変面白い視点ですね。私が経済産業省でEPA(経済連携協定)を交渉していた頃は、通商交渉は前例をベースに積み重ねていく、いわゆるビルディングブロックと捉えられていました。もしも米国との合意が各国の貿易自由化のビルディングブロックとなれば、トランプ関税政策に対する各国からの見方も変わる可能性があります。

助川:もう1点考えているのは、今回の米国との交渉はASEAN諸国にとって果たして成功と言えるのか、ということです。

 ASEAN諸国の中では、(編集注:対米貿易赤字国で交渉対象ではなかったシンガポールを除き)ベトナムが最初に相互関税率20%で米国と合意しました。これが基準となって、インドネシアやマレーシアなどはこれと同等以上の待遇を得ようと個別交渉で次々とカードを切っていきました。ASEANは米国との交渉では個別国に分断され、連携できませんでした。

 ASEANは、4月の特別経済大臣会合で米国に対して報復しないという点では合意していましたが、ASEANとしてまとまって交渉することは決めませんでした。

羽生田:結局、インドネシアなどの多くのASEAN諸国の相互関税率が19%となったのに対し、最初に合意したベトナムは20%で、ほぼ全品目での関税撤廃を約束したにもかかわらず、他国より高い水準となってしまいました。

助川:ベトナムのファム・ミン・チン首相は、米国との交渉はまだ終わっていないと発言していますが、その背景には、米国製品に100%の無税アクセスを容認したにもかかわらず、他のASEAN諸国よりも1%高い関税率となったこともあるでしょう。